今、この部屋にまで漏れ聞こえてきているのは、息子が聞いているらしい浜田省吾の『MIDNIGHT FLIGHT -ひとりぼっちのクリスマス・イブ-』。
何故この時期にクリスマスソング。何故、浜田省吾。
息子は現在、松本大洋にハマっており、同氏の傑作『ピンポン』のアニメーション版のとあるシーンがカッコよく、同シーンの挿入歌として流れてくるこの曲が同じように気になって聴いているという。
最近、“アーカイブ世代” という言葉を耳にしました。要するに時代を超えて純粋に音楽をたのしむことができる世代、という解釈でいいと思いますが、なるほどまさに息子がそう。
米津玄師を聴き、マキシマム ザ ホルモンで頭を振っていたかと思えば、続けて井上陽水、たま、安全地帯を聴いて、オアシスを流しはじめたと思えばくるりと森山直太朗を聴いて、坂本龍一を聴いた後に浜田省吾を聴いている。
自分自身が、時代もジャンルも、もっと言えば好きも嫌いも超えて音楽をたのしんでいるタイプだとは思うものの、しかしそれは随分と大人になってからの話。中学生、高校生の頃は特に現在進行形のヒットチャートがまさにホットで、過去の音楽はどこか背伸びをして聴くものでした。
それは多分に情報量の少なさ(お小遣いの少なさ)が要因になっていたとは思いますが、そういう意味で現代の子どもたちは親のおこぼれに預かり、インターネットを駆使すればほぼ無料で、興味の赴くままに情報をかき集めることができる。特に音楽はすぐに音源へアプローチすることができる。なんともうらやましい。
一方で、物理的な制限が生まれるカセットテープになんとかして好きな曲をダビングしたり、迷いに迷って買ったCDに帰ってから後悔をしたけれど「なんとか好きにならなくては」と必死になって聴いたり、なによりそういった音源を “モノ” として所有する喜びは堪らないものがあって、そういった感覚に関していえば、息子世代はおそらく、ほぼ、ない。ただ、そのことと、今のことは比べるものでもなく、やっぱり好きな音楽を好きなときにいくらでも聴くことができるのは、単純にうらやましいことだなあ、なんて思うのです。
これから先、今の子どもたちから大瀧詠一のような人がゴロゴロ出てきて、そういった人たちの中で大瀧詠一はますます神格化されていって、ずっと先の未来まで、まるで宗教のように “ナイアガラー” という言葉と態度と感性は継承され、伝播されていくような気さえします。そのとき、ようやくこの国は成熟期を迎えるのであーる。おもろ。
はい。そんなわけで。説明が不足した文章をつらつら書いておりますが全国の取扱店さんへ向けた次回のあきふゆシーズン展示会。そのための撮影会1日目がぶじに終了した現在。私、とってもとっても寝不足どぇぇーす。みなさん、寝不足だと身体がふるえるってよ。
◎【Today’s Memo】は平日の毎朝8時に更新。atelier naruse 代表・早川による、ちょっとしたエッセーのようなもの、です