以前にも書いたことがあるかと思いますが、息子が6年間通ってきた小学校では、子どもたちが集団登校をする際の交通見守り役として私たち保護者に “旗当番” が順番で回ってきます。3月9日、木曜日の朝。私は、その日がさいごの旗当番でした。
私は朝早く起きることがとてもとてもとても苦手で、というよりも。私がベッドに入る時間は人によっては起きる時間だったりするような日々を過ごしていますので、正直なところ、旗当番が回って来た際には(あぁ、また順番がきちまったか)といつも嘆いておりました。それでも、私のような宵っ張りの人間にも朝の空気は新鮮でおいしく、ひととおり旗を振って最後の集団を見届けてから我が家へ戻る帰り道は、お風呂から出た時と同じような、(あぁ、あんなに面倒くさかったのに、やっぱサイコーだなぁ、おい)といつも清々しい気持ちになることができました。
それは他でもない、決してテンションは高くない、愛想だってさほどよくはない、朝の子どもたちのおかげでありました。
毎年、春になり、1学期がはじまると、その小さな身体と同じくらいの大きさに見えるピカピカのランドセルを背負った新1年生が目の前を通るたび、(もうおっさんがおぶって学校まで連れて行っちゃる)と、とても心配になりました。2学期になると(あれ、こんな子いたっけ?)という6年生の子たちが毎年登場して、とても頼もしく見えました。3学期になると、もうすぐひとつ上の学年に上がる自信のようなものが、1年生から6年生、ひとりひとりの背中からプスプス溢れでているように感じました。そんなふうに1年は回って、私たち大人にしてみればあっという間の短い時間で、子どもたちはびっくりするほどの成長を遂げます。
私の前を通る際、ちょっとした近況報告をしてくれる子、透きとおるような細く高い声で「おはようございます。いってきます」と挨拶をしてくれる子、(おっさん、朝からテンション高けーな)とばかりににらんでいく子、目を合わさないように必死だからこちらが無理矢理目を合わせると思わず笑ってくれる子、なんでお前は年がら年中同じ厚みの服装で過ごせるんだという子、昨日うれしいことでもあったのかなという子、いつのまにか高校生になった姿で通り過ぎていく子。
これまでに旗を振りながら見送ってきたこの子たちといっせいに会うことができる機会なんて、きっともうないんだろうなあと思うと、「おっさん、今日がさいごなんやで」「おっさんとはもう会えへんのやで」と一人一人に訴えてやろうかと思いましたが、気持ち悪がられることは私にだってわかりますので、やめました。
6年間。私は朝が苦手なので、成瀬文子さんに任せたことのほうが多く、旗当番を担った回数は決してたくさんあるわけではありませんでした。それでも、これから先、私があと何年生きるのかは知りませんが、きっと、何かの折にふっと思い出す景色になるのだろうなあと思います。
さいごに、近所のお母さんが「記念に」と撮影してくれた目の腫れ上がった私の勇姿をご覧いただいて。
家に帰ると成瀬文子さんが「かわいかった?」と聞いてきて「うん。かわいかった」と答えるお決まりの会話も、この日がさいごでございました。
息子と一緒に親も卒業することは、結構、あるもんです。
追伸:木曜日にこちらで紹介しました同日開催の【クリーン活動】。父親の参加はやはり私だけだったということで、それはそれは、それはそれは、な体育館の外に設置された男子トイレの掃除を仰せつかりました。めちゃくちゃキレイにしてやりました。帰宅後、着ていた服はすぐに洗濯機の中へ放り込んでやりました。

◎【Today’s Memo】は平日の毎朝8時に更新。atelier naruse 代表・早川による、ちょっとしたエッセーのようなもの、です