第二十八回 日本一長いキャッチコピー。

 みなさま。私はO型でもなく、B型でもなければ、AB型でもありません。もちろん、女子自由型でもありません。なおかつ、私はいわゆる汗っかきでもないかと思われます。むしろ、汗をかくために、週に何度かは30分程の半身浴をする働き盛りの30代半ば男としては異例の「お前、さては暇か」人間です。

 ――はい。この、『日記、猫か夫か。』は基本的には執筆した日付を記していませんので更新してすぐにお読みいただいている方は「一体なんのことか」と思われるかもしれませんが、今がもしも真夏であれば(つまり、今は冬なわけですが)、おそらく多くの方が「あぁ、あのことか」と分かっていただけたかもしれません。

 いや、ここまで書くと、3割くらいの方がプーンと、いえ、ピーンと来ているかもしれません"か"。......あ、しれません"が"。

 そんなわけでして、私は一体なにを書いているのかといいますと、すっかり季節外れの今になって、あえて「蚊」の話題について触れようとしているわけです。

 今年の夏も私はたくさんの蚊に血を吸われました。ある時はお隣さんと塀越しに5分程立ち話をしただけで17ヶ所を噛まれたこともありました。時間が経つにつれ、奇怪なダンスを踊り始める私という隣人、ひいては早川家という家族に対し、お隣さんも随分と不安な思いをされたことと思います。

 また、たまに洗濯物を取り込んでいたとしても、なるべく蚊に刺されないよう、MCハマーよろしくの大胆かつ素早い横動きをしながらの取り込みとなっていましたから、こちらの様子を町内の奥さま方にたまたま見かけられていたとしたらば、きっと私の知らぬところで今頃よからぬ噂が立っていることでしょう。しかし、それだけの犠牲を払っても、蚊には刺されたくない。

しかしながら、蚊は私の血を欲し、そして、見事なまでに奪ってゆくのです。

 

いずれにせよ、冒頭で書きましたように、諸説はあるものの「O型、B型、AB型、A型」が一般的に蚊に刺されやすい血液型順ということになるそうです。覚えにくい方は「OBABA(オババ)」と覚えていただければと思いますが、加えて、蚊に刺されやすい人の代名詞としては汗っかきの人がまず挙げられるでしょうし、はたまたお酒を飲むと蚊に刺されやすくなる、なんていうこともまた一般的には有名な話であると思われますが、私はお酒をあまり飲みません。ですから、随分と回りくどくなってまいりましたが、これらの条件だけでみた場合、私は蚊に刺されにくい人間に該当するはずなのだということをまずはお分かりいただければ幸いに思うのです。

 

 もちろん私だけではなく、みなさまのなかにも、私と同じような思いをされている方はいらっしゃるのではないでしょうか。私と同じように夏を恐れ、蚊を嫌い、ムヒアルファEXを鞄のなかに常備されていた「ニッポンの夏、緊張の夏」と感じている「どうして自分ばかりが刺されるのだ」という方が、きっと、いらっしゃると思うのです。

 

 そして、私はそんなみなさまに対して、さらなる不安、そして怒りをかきたてる学説をここからお伝えすることとなります。今日これからの一日、いえ、これからの一生を気分よくお過ごしになりたい方。残念ですが、ここでお読みになることをやめられたほうが宜しいかと思います。

 

 ――私は書きました。汗もかかない、どちらかといえばサラリとした肌を持つA型である私がどうしてこんなにも蚊に刺されるのか。

今からお伝えする情報は、私がとあるテレビを見た知人より仕入れたとある学説です。つまり、なんとなく信憑性の低さたっぷりの情報源と情報ではあるものの、思い切って発表したいと思います。

 

――「ストレスのない人」は蚊に刺されやすい

 

いかがでしょう。お間違えにならないようにしてくださいね。「ストレスのある人」ではなく、「ない人」です。

 

 つまり、こういうことです。あの憎っきモスキートたちは何を根拠にしているのかは知りませんが、私たちを「ストレスのない人」とみなし、「お前らどーせストレスないんだから、ちょっとくらいかゆくなってストレス感じたほうがイイんじゃね? かーっかっかっか。蚊だけに。......プッ。超うけるんですけどー。まぁ、今から刺すんですけどー。超プスッ」くらいに思っているということです。ただでさえ、春を過ぎれば「また奴らがやってくる」とストレスを抱える私たちを「ストレスがない」だって! そしてそのストレスは他でもないお前たちにあるにもかかわらずだぜ!「ワイルドだろぉ」。まー、腹立たしい。

 

 ただし、ですよ。これまでの条件同様、上記学説に対しても私は大いに反論したいとも思うのです。そうです。私はどちらかといえばストレスを抱えやすい人間であると自負しているのだ、ということです。そのことを立証するために、もう少し話を続けたいと思います。

 

 たとえば、これまた少し前の話にはなるのですが、私は先日、『かんさい絵ことば辞典』のコラムニストとして関西のとあるラジオ番組のゲストとして呼んでいただいたのです。

 

 みなさま。勘のよい方は上記の一文を読んでいただいただけでも、私がストレスを感じやすい類いの人間であるということがお分かりいただけるかと思いますが、そうです。私、ラジオに出演することなど一切告知していないのです。

私のような一般人がラジオにゲストで呼ばれるなど、普通に考えれば事件です。そして、このようなブログ形式の場はそのような事件を告知するにはうってつけの場であり、事実、これまでも「本を出すよ」「ツイッターをはじめちゃったよ」といった類のことをこれみよがしに告知させていただいていたわけですから、ラジオの一件も書いちゃえばよかったのです。しかし、私はあえて書くことをしませんでした。いえ、できませんでした。

 

つまりはこういうことです。仮にこの場でラジオ出演の告知させていただいたとしましょう。すると、みなさまの中には「よし聴いてやろうじゃないか」と思ってくださる奇特な方がいらっしゃるかもしれません。ただでさえ緊張するラジオ出演に加えて、「私のことを知ってくれている誰かがある程度のおしゃべりを期待して聴いてくれているかもしれない」、そんな想像をして本番に臨むことなど、私には到底考えられませんでした。

一方、告知をさせていただいたとして、何の反響もなかった場合も含めて考えればいけませんから、なおさらです。そんなことをしてしまったら私はもう、本番を迎える頃にはすっかりガリガリです。『ラジオ番組色んな人が聴いていると想像するだけダイエット』です。ふひゅぅー。ロングブレス。

 ちなみに、出演させていただいたラジオ番組は、テレビ番組でいえば関西圏でいうところの『ちちんぷいぷい』、東海圏でいうところの『ミックスパイください』。他圏のそれは存じ上げませんが、夕方の主婦層向け平日帯番組といえばなんとなく雰囲気は分かっていただけるのではないでしょうか。そして、そんな主婦層向け番組には、必ずといっていいほど、安定感のある芸人やバラエティータレントといった笑いのプロが出演するのが世の常です。今回呼んでいただいた番組でも、やはり桂南光さんというプロ中のプロがいらっしゃったわけで、ますます下手なことはできません。この場合、何かにつけ笑いを欲しがるややこしい素人の私にとっての「下手なこと」とは、ネタをくっていかない、ということです。つまり、なにも考えていかない、ということですね。台本なしで進めるのは関西のラジオの特徴のひとつだそうですが、私もそのルールに則って、その日を迎えることにしたわけです。

 

 本番当日――。ラジオは生放送。出演するコーナーの時間枠は20分強。なにも考えない、といったところで本番を迎えるにあたっての気持ちだけはピシッと整えていきたいと思った私は、出かける前にシャワーを浴びることにしました。髪もしっかり洗い、身体も当然しっかりと清めます。大きなバスタオルで全身の水分をキレイにふき取ると、私はヤル気が出るという噂の真っ赤なパンツを着用しました。パンツはもちろん新品です。ええ。事前に買っておきました。いやがおうにも、気持ちが高ぶってくるというものです。

心配そうに玄関でちいさく手を振り見送る園子と1歳の息子を後にして、私は小刻みに震えるどこか浮ついた足で、それでも真っ直ぐに前を見据えて駅まで向かい、予定よりも一本早い電車に乗り込みました。(そうだ)。私はとあることを忘れていました。携帯電話を切ることを忘れていたのです。いえ、電車に乗っているから携帯を切ろうとしたわけではありません。もし、本番前に仕事の電話やメールが来て、それがもしもトラブルの報告だったりしたらば気持ちに大きなブレが生じることは間違いなく、そのことを私が恐れたためでした。今は、本番を無事迎えることだけに集中したい。そう思ったのです。

そうして、鞄の中からそっと取り出した携帯。ところが、既にそこには一通のメールが届いていました。その日、別件で電話をしていた母親からのメールでした。そして、そこにはこんな内容が記されていたのです。

 

 <さっきは電話でれなくてごめん。今、病院です。検査待ちなのであとで電話するわー>

 

 ――何? ――病院? ――検査?

 

 私はメールを見てしまったことを咄嗟に後悔しました。当然です。母親が病院へ行くことはまだしも、なにかしらの検査を受けることなど一切聞いていなかったのですから。どうしてだろう、電車の音が妙に大きく耳に響いてくるのが分かりました。

 

――ガガン、ガガン、オカン、アカン、ガガン、ガガン、オカン、ガガン、オカン、ガガン!? オカン、ゴメン、ゴメン、オカン

 

 私は、(ラジオ本番が無事に終わったら電話するから)と、ざわめきだす気持ちを押し殺して携帯電話の電源をオフにしたかと思いきや、ブルルルル。おかしい。ブルルルルル。電源をオフにしたはずの携帯電話のバイブのようなものを感じるのです。

(嗚呼、奴が来てしまった)。ラジオ本番前の緊張のためか、母親への心配のためか。いずれにせよ、それは他でもない、下腹部、主に腸のあたりを中心に巻き起こるブルルル感、プクプク感、キリキリ感、ゾクゾク感、ゲリリリ感に違いありませんでした。

しかし、思い出してください。私は本番に向けて気持ちを整えるために、シャワーを浴びたのです。いうなれば、すこし長くなる旅行の前に部屋の中をキレイにしておきたくなるような、そんな心情でシャワーを浴びたのです。もはやシャワーを浴びたキレイな身体であることは、ラジオ出演成功のジンクスとなっていました。

それなのにもかかわらず、私は大事なラジオの本番前、せっかく清めてきたこの身体を、今この電車に乗っている誰よりも汚してしまうかもしれない不安に襲われる羽目になったのです。そんなことになったら、ラジオの本番どころではありません。

 

(みんな、電車に乗っているみんな。みんなは知らないと思うけれど、ボクは今からラジオの本番なんだよ。そして、みんなは分かっていないと思うけれども、それとは別の未曽有のピンチを抱えながら今、ボクは電車に揺られているよ)。

 

 そんな思いを乗せた電車は無事、ラジオ局の最寄り駅のホームへと私を運んでくれました。もちろん、平素であるならば、私は駅のトイレへと一目散に駆け込んでいたことでしょう。しかし、駅のトイレは決してキレイなものではありません。そして、私はそんなトイレに反してシャワーを浴びたばかりのキレイな身体なのです。下腹部の不安を取り去るのか、清らかな身体で本番を迎えるのか否かを天秤にかけながら、私はとにかく局へと急ぎました。ラジオ局へ向かう道中、私が向かっているラジオ局はテレビ局の中にあることを思い出しました。(ああ、そうだ。ラジオ局のトイレは、いわばテレビ局のトイレだ。だったらきっと最新設備のキレイなトイレに違いない。だって、テレビ局なのだから)。時間にまだ余裕はありました。私、決めました。トイレに行こう。

局に入るや否や、私はトイレの在り処を示す矢印の方角へ向かって躊躇なく真っ直ぐに歩き出しました。一度トイレにゆくと決めたからには一瞬たりとも立ち止まることなどできません。それが人間の性というものです。ですから、その場の立ち居振る舞いはあたかも局慣れをした業界人であるかのようにする必要がありました。だって、そうではありませんか。ドラマなどでよく見る警備員に「ちょっとちょっと」などと止められたりしたら、もうアウトです。

 しかしながら、さすがにテレビ局は違います。なんとなく、床の雰囲気が違います。遠くに見えるトイレの扉もなんだか都会的でカッコイイ。(ああ、私はあそこへ行くんだ。あそこに行って、まるで何事もなかったかのようにこれから数分後に迎える本番を上手く、そして、無事にこなすんだ)。

目の前に立ちはだかるトイレの扉は高く、見るからに重厚で、それまで見たことがないほど立派でした。扉を押す手に感じる質感も駅などにあるそれとはまるで違う。一瞬、(誰か先客がいたら)、そんな不安がよぎったものの、開いた扉の向こうに幸い人の気配はなく、むしろ今日一日誰も使用していないようなトイレにあるまじき澄んだ空気を感じました。(嗚呼、神様。テレビ局様。そして、紙様。ありがとう。本当にありがとう。これからは、街頭で配られるティッシュだって必ずもらうようにします)。そんな感謝を胸に、私は最後の砦である個室の扉をそっと、しかし素早くさっと開けました。

 

――え!?

 

嘘だ。嘘だって言ってくれよ。だって、これって、あれじゃね。ウォシュレットのないあれじゃね。テレビ局なのに、和式じゃねー。

 

 みなさま。果たしてここまで読んでいただいていた方はいらっしゃるのでしょうか。もしいらっしゃったとしたら、品性下劣な話、そして、潔癖症であるタレントのトークなどに感じる違和感、加えてウォシュレットに依存してしまっている現代人に対するある種の情けなさを感じさせてしまったことと思います。しかし、普段は決してそのような人間でないことは、改めてご理解ください。

 

肝心のラジオは、ほとんど初めてといっていい経験の中、桂南光さんやパーソナリティーの方の助けもあり、なんとか無事にこなせたのではないかという気がいたします。だって、あの時の私には、きっと、ウンがついていたのだと思いますから。ウンウン。

......いけません。再三の下品を改めてお許しください。

 

 ちなみに、母親。母親は無料で受けることのできる市の定期健診で「中性脂肪がすこし多かった、どうしよう」とのことでした。んなもん知るか! でございます。

 

なにより、みなさま。私が脱線の多いどうでもよいことを長々と書いてしまったためにすでにお忘れになってしまわれた方もいらっしゃるかと思いますが、私が今回ここでお伝えしたかったのは、私が必要のないストレスを抱えてしまう種類の人間であるだろうこと、それゆえ、蚊に刺される筋合いなどこれっぽっちもないのだ、ということです。

 

 しかしながら、あれですね。私がこうした日々のたまったストレスを時折この場で発散しているということも確かなのでしょう。その意味で、蚊は非常に冷静な目でもって「お前にはストレスなどないのだ」と私の血を吸い、そうしてまたやって来る夏、私の血を吸う蚊を新たに産んでいるのかもしれませんね。

 

 みなさま、こういうことを、ことわざでは【我面白の人困らせ】というらしいですよ。

 

 

――というわけで、みなさま。ことわざといえば、私が、まるごと一冊ことわざ辞典を熟読した結実を5本のコラムとしてまとめた空前のヒット作『かんさい絵ことば辞典』第2弾、ニシワキタダシ氏の新刊『かんさい味 あたらしいことわざ絵辞典』が絶賛発売中だよ。読んでね♪

 

【仏の顔も三度まで】。

 

 

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■買ってね、のコーナー

 

またレイディオに呼んでね、壊れかけちゃったけどね

 

『かんさい味 あたらしいことわざ絵辞典』

著/ニシワキタダシ コラム/早川卓馬

絶賛発売中(2012119日発売) 定価 950円+税(ピエ・ブックス刊)

 

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■はじまったよ、のコーナー

 

まったく使い方のわからない園子よりすこしはわかる私よりはるかにわかっている

アシスタント・岩穴口ちゃんによる女子自由形アトリエナルセ公式facebookスタート!

 

行け! 岩穴口! 繰り出せ! 必殺ガンケツコウ!

 

http://www.facebook.com/atelier.naruse

 

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■猫への恩返し、のコーナー

 

1年越しの100のつぶやき

 

『ツイッター、猫か夫か。』

http://twitter.com/#!/atelier_naruse

※上記アドレスで見ることができるはずです。たぶん