第二十四回 髪頼み。

 みなさま。僕の髪が肩まで伸びて、肩というよりもヌードになる人が胸部を隠すほどの髪の長さくらいに伸びて、君と同じどころか、萬田久子と同じくらいになったので、約束通りというか、もはや義務という感じで、そうでもしないと町の教会ではなく、知らない町の喫茶店に呼び出されて離婚届けを渡されるやもしれない、やっぱり結婚はしていたいぞということで、髪を切ったよ。ふふんふん。

 

 ――改めまして、みなさま。そんなわけで、私、髪を切りました。

男が髪を切ったところで、なにもこのような場所でご報告申し上げるようなことは本来ないのですが、なにせ長かったのです。長さにしますと、分かりやすいところで言えば、若かれし金八。は?というところで言えば、タモリにいじられる頃合いの長さになった短髪前の安齋肇。うふっ、というところで言えば、高級犬。あるある、というところで言えば、寝ているときに髪先が背中で押さえつけられるために寝返りを打つと髪が引っ張られることになって「痛っ」となる感じの長さでした。

 

 しかしながら、子どもも生まれた30オーバーの男がどうして髪を長くしていたのかといいますと、そもそも美容院へ行くのが億劫という根本的な性質に加え、"ロン毛"という響きに抱いた青春期の憧れを未だに持っているといったところがその大きな理由といえます。ただし、理由はそれだけでないのです。

私、こうして色んな場所でこそこそと文章を書く傍らで、「naruse」という名のアパレルブランドにおける代表取締役という肩書も一応背負っておりますが、規模の大小にかかわらず、アパレルブランドといいますのは、そこに関わるスタッフに対し、世間は「カッコイイんでしょうなぁ」的イメージをお持ちになるのだろうと思っております。ただし、そういったパブリックイメージを真正面から体現してしまうのはなんだか気恥ずかしいうえに、そもそもそのようなパブリックイメージを体現できるセンスも容姿も私は残念ながら持ち合わせておりません。

とはいいつつも、やはりイメージというのはそれはそれで大事にしなくてはいけない。仮に雑誌社からの取材なんてことになりまして、園子さんの隣に立つ私があまりにもひどいということになりますと、子どもが生まれたばかりの我が家の生活に支障をきたしかねませんから。

そこで私は考えたのです。特別に恰好をつけているわけではないけれど、なんとなくアレがあるわ、そう、雰囲気があるわよね的な雰囲気を醸し出すには、"長髪"が持って来いではないかと。

実際のところ男の長髪といいますのは、平日の昼間にスーパーなどで買い物をしているとそこはかとなく売れないミュージシャン感が漂い、周囲のおばちゃんの「その大根、隣にいる女の人のお金で買うんでしょ」的な目線を浴びてなんとなく気まずいというリスクを伴います。ところが私の場合、そこにふうわりとしたパーマをかけ、加えて出かける際には髪をキュッと後ろに束ねることで、しがないロッカーからシティー派のWEBデザイナー風になんとなく変貌できるという経験を得ましたので、平日昼間のお出掛けだって安心でした。

 そして何より、私の思惑通り、やっぱり雰囲気がある気がする――。

 さあ、来い。これって、恋?いつだって来い! 世間の目! 雑誌社の取材! なんならテレビの取材だっていいのだぜ。だって、オイラは長髪アパレル社長なのだから!

 

 それから待つこと、1ヵ月。3ヵ月。半年、1年。

 

......おかしい。どう考えてもおかしい。フラッシュを浴びているのは私ではなく、園子さんだ。いつまで経っても、私に取材なんて来やしない。あれ?最近なんだか肩が凝る。嗚呼、そろそろお風呂の時間だ。面倒くさいったらありゃしない。痛い。わかったよ、起きるよ。こら、息子。生まれたばかりの息子! それは引っ張ってはだめです。痛いったら。それはお父さんの毛です。くす玉の紐ではありませんよ!こら、猫! 追いかけてくるんじゃない。これは、獣じゃありません! 君らの主人の毛束ですよ!

 

 気がつくと、私の足は行きつけの美容院に向かっていた。実に久しぶりの美容院だ。「本当にいいんですか、切りますよ」「ああ、頼むよ」「でもどうして切る気になったんですか。失恋でもしたんですか、なんてね(笑)」「......」「お客さん?」「......」「すいません。本当に失恋だったなんて」「いいや、違うんだよ」「じゃあ、どうして泣いているんですか」「男にだって、泣きたいことぐらいあるだろ」「そうですね」「ああ。色々あるさ」。巡る季節、積み重なる時間、その結実であったはずの毛束がバサリと床に落ちる。

 

 ――いいかい、美容師さん。取材なんていいんだ。世間様の目に触れるのは園子さんだけで充分なんだよ。わかっているさ、なんだか生まれたばかりの息子も2匹の猫でさえも俺より世間に出ているけどね。ついでに言えば、売れに売れてる『かんさい絵ことば辞典』。もう読んだかい。テレビで、雑誌で、いろいろ見たよ。ニシワキさんの姿を。俺は一度も出てないけどね。いいや、いいんだよ。当然のことさ。だから、それはもういい。でもね、美容師さん。そんなことより最近、私のおでこが確実に広くなってるんだよ。

 

 神様、嗚呼、髪神様。どうか、いつか、あの長髪がまたもう一度できますように。

 

 

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『かんさい絵ことば辞典』

著/ニシワキタダシ コラム/早川卓馬

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