第二話 君の名をどうするか。

 みなさん、たくさんのお便り、感謝します。

 

 さて、困ったことがあります。先日の第一回目。第一回目というのは難しいものです。つまり、そこで書いた内容や言い回しはその後の内容や言い回しを大きく左右するのです。例えば、今は丁寧語、いわゆる「~です」「~ます」といった書き方をしていますが、本当は「~だ」「~である」、もしくは「~だよね」「~さ」と書いたほうが今後続けやすいのではないか、などと悩むのさ。

また、前回分を読み返してみるとテンションが若干高めに感じます。ということは、今回は前回よりもテンションは低い。別に不機嫌なわけではないのですが、低いのです。そうなると、読んでもらっている人に「何か嫌な感じね」なんて思われたらどうしよう、などという心配も生まれてしまうのだよ。

 もちろん、「別にそんなの毎回違っていいじゃねえか」ということも言えます。しかし、私は非常に"きっちり"とした性格なのです。部屋にあるリモコンは等間隔で長さ順に並べたいし、フローリングの線と机の脚の端っこはピッタリと合わせたい性質なのです。

 ただし、ただしですよ、みなさん。人間は日々変化していくもの。変わることで見えてくるもの、そんなものもきっとあるのです。

 ということで、今後はその日の気分で書くでござるよ。

 

 長い言い訳が終わったところで、今回の本題です。本題といっても前述したことと繋がりはあり、つまりはこの本題でも私は困っているのです。それは、文子さんを「文子さん」と書いたことについてです。この「文子さん」、つまりは私の伴侶であり、この場所のオーナーであるわけですが、どうも「文子さん」という書き方はしっくりこないのです。

「文子さん」。べたべたするわけではなく、かといって他人行儀というわけではない。毎日を慎ましやかに、そして丁寧に活きる健全な夫婦像がここからは読み取れます。しかし、私たちの実生活はそうではありません。完全に嘘をついています。嘘はいけません。

 では、「文子ちゃん」はどうでしょう。これは、いけませんね。文章から読み取ることのできる夫婦の距離感が近すぎて、少々気持ちが悪い。

では、「妻」はどうでしょう。純文学のようで(あんまり読みませんので、本当にそうなのかはわかりません)、書いていても気持ちはよさそうです。しかし、妻を「妻」と呼ぶ、そんな威厳は私にはありません。いけません。

 では、「奥さん」ではどうでしょう。これは、もっともポピュラーであり、可もなく不可もない書き方なので、いいのではないか。いいえ、いけないのです。これでは、書きながらみのもんたの心持になってしまう可能性が高いではありませんか。説教染みたことは書きたくないし、書けません。ちなみに、「カミさん」。これは、高知のぼるが高島礼子を呼ぶ時に使うものです。

最終手段で「お嫁さん」という手があります。おっと、これではないか。家庭的で、なおかつやさしい旦那像。それでいてユーモアのある文章にもしっくりとはまりそうではないか。しかし、いけません。それは、私が「だんなはん」と呼ばれているからです。だったらば、「お嫁さん」ではなく、「およめはん」と呼ばねば"きっちり"としていません。

 

 なんとも、困り果てました。人生には困ったことがつきものですね。

 

 そこで私は考えました。「文子」という名前、そして、「伴侶」というポジションに囚われるからいけないのだと。私はこれまでの既成概念という高く分厚い壁を打ち破り、乗り越え、あるひとつの答えを導き出したのです。

 

この場では違う名前で呼んでみてはどうだろう。

 

名前はもう決めました。「園子さん」です。理由は特にありません。これまでに同名の女性に出会ったことはありませんし、今、となりで黙々と何かの作業をする彼女を見ていると、ますます「園子さん」に見えてきました。しかし、「園子さん」。そう呼びかけて、きょとんとした顔をされたのは言うまでもありません。