第三話 実は、祖母がエスパーです。

 お風呂を上がったらしい園子さんは、浴室を出るなり階段を駆け上がり、私が今いる炬燵のある居間へとバタバタ入ってきた。戻ってくるなり、2階から持ってきた紙に一心不乱で何かを描いている。「やっぱお風呂に入ると、わいてくるわ」と、考えようによってはうまいことを言いながら描いているのはデザイン画らしい。みなさん、私の知る限り、園子さんのアイデアはお風呂場で生まれることが多いようです。

 一方、私はというと、さて何をどうして書こうか、こうして迷っておりますよ。園子さん、あなたの愛する夫が、こうして迷っておりますよ。・・・・・・あ、はい。おやすみなさい。

たった今、アイデアをしっかりと紙に留めたらしい園子さんは、再び階段を登っていかれました。それでも私は、もんもんもんもんと鳴く炬燵の音までもが聞こえてしまう真夜中の静寂のなか、さみしく第三回目を書き進めようと思います。

 

 さて、それはそうと、みなさんのなかに大学の研究員か、もしくは政府直轄の機密捜査官の方はいらっしゃいますでしょうか。いらっしゃったら、今回はぜひ調べていただきたい案件があるのです。実は、私の祖母がエスパーかもしれません。

私の祖母について簡単に紹介しますと、彼女は私の母親方の祖母である。彼女の名前は何の因果か園子さんと同じ、アヤコさん(よく分からないという方は、第二回目を参照)。もうすぐ八十歳。夫には10年前に先立たれている。つい最近まで保険のセールスレディー(売婆)だったキャリアウーマン(働婆)のパイオニア(時代先行婆)だった。昨年、車を買い替え、今もバリバリ運転している。ときどきスピード違反で捕まる。自己主張と好き嫌いが激しいため、親戚からは少し煙たがられている。全盛期のいかりや長介に少し似ている。

そんな、ぽたぽた焼きなど絶対に焼くことのない、孫である私が控えめに言っても、かわいくはない祖母であります。

 では、私は祖母をどうしてエスパーだと思うのか。スプーンを曲げられる? のんのん。手から砂が出る? のんのん。小さな鞄に身体が入る? のんのん。おしゃれな女の子のためのファッションマガジン? のんのん! どれも違います。その根拠となる事象はこれ。

 

電話のかかってくるタイミングが、100%に限りなく近い確率で悪い。これです。

 

先に断っておきますと、私はエスパーではありません。しかし、分かるのです。電話のベルがなった刹那、それが祖母からの電話であると、受話器を取る前に分かるのです。いいえ、もっと正確にいえば、今から電話のベルが鳴るということだって分かります。徹夜明けでようやく寝ようと思った時、ラーメンを食べている時、テレビのサスペンスドラマで犯人の名前が告げられる時、トイレに駆け込もうとした時、塩沢トキ、それは確実にやってくるのです。りりりりりん。りりりりりん。リンリンリリン♪ りりりりりん。キャー。

もっと恐いのは、「悪いけど今日は無視しよう」と居留守を決め込んだ時、我が家の電話のベルが鳴り止んだ刹那、すかさず私の携帯電話が鳴り、次は園子さんの携帯電話、そして再び我が家・・・。その電話は受話器を取り続けるまで果てしなく鳴り続けるのです。彼女は私たちが居留守していることを知っているのでしょう。そして、恐る恐る受話器を取った私に、彼女はひと言つぶやくのです。「あ、いたんだ」と。ギャー。

 これはもう、こちらの生活を霊視しているとしか思えません。そうでないのなら、彼女は我々には想像もつかないようなカルマを背負っているのでしょう。(そう言えば、「リング」だか何かのホラー映画で、電話のベルが鳴るとそれは呪いが始まる合図、みたいなのがありましたよね。あの時も、絶妙のタイミングで電話が鳴りました。そうか!僕のおばあちゃんは貞子だったのかもしれないね♪)

どうでしょう、やはり祖母はエスパーなのでしょうか。

 

 ただ、最近になり、私と祖母は似ているのではないか、という説が親戚筋で浮上しはじめています。・・・待てよ。そうすると、私もエスパー(電話をかけるタイミングが悪い)なのではあるまいか。そのような疑念が私の中で持ち上がっているのです。

そもそも、自分の掛けた電話のタイミングの良し悪しは自分でも分かりません。また、鼻毛などと同様、どんなにタイミングが悪くても、相手もそこは言わないでしょう。しかし、いけない。これは、いけない。

みなさん、もしもどこかで私と知り合いになり、そのうえで電話が掛かってくるような間柄になった場合、そのタイミングが悪ければ、ぜひ正直に話してくださいね。治しようはないですが、一生懸命、頑張ります。