第九話 200回

 それはまだ私が女優の浜木綿子を"はま・もめんこ"だと思っていた頃。不二家のペコちゃんと聞くたびに、不"子"家のペコちゃんと連想し、なんとなく哀しい気分になっていたあの頃。つまり、まだ私が小学生だった頃。

当時の私はどうしても手に入れたいおもちゃがありました。友達はみんな持っているそのおもちゃを、自分だけが持っていない。だから、欲しくて欲しくて堪らなかったのです。それなのに、親は頑として買ってくれない。だから、私はついに決心してしまいました。

店の中をうろついたのは、たったの5分か。それとも、1時間か。店主のおじさんがあくびをしたのを見計らい、ついに私はお目当てのおもちゃを服の中に入れようとしました。その瞬間、私の肩に大きな手がそっと置かれたのです。

「野球は好きや。でも、ひとつだけ嫌いなルールがある。それは隠し球や」

 たぶん良いことを言っているのだろうその大きな手の持ち主は、近所に住む野球好きのお兄ちゃん「いっ君」でした。いっ君はそのまま何事もなかったようにおもちゃを元の場所へと戻し、黙って私を近くの川原まで連れて行きました。そして、何も話そうとしない私を見て、いっ君は話しはじめたのです。

「なぁ、たー坊。わしはのぉ、将来でっかいことを成し遂げよう思うちょる。

 これからは野球も海を渡らんといけん。

そうじゃ。わしゃ、メジャー・リーグに行こう思うとるんじゃ」

竜馬!? 私はあっけにとられるのと同時に、そのあまりに大きくて無謀な夢を笑ってしまったものです。

「たー坊も笑うか。でも、絶対に叶えてみせたるから、なっ!」

 そう言って投げた川原の小石は向こう岸を越え、どこかもっと遠くの場所へと消えていきました。もしかすると、あの時に投げた小石はすでにメジャー・リーグへ行っていたのかもしれません。

おめでとう、いっ君。いや、シアトルマリナーズ、イチロー選手。

 

・・・・・・。

 

・・・・・・。

 

・・・・・・。

 

 みなさま、嘘をついてしまいました。

 イチローは、愛知県出身だみゃー。にゃー。

 

でも、仕方がなかったのです。それは、なかなか書かない私に痺れを切らした園子さんが、締め切り恐怖症の私に"締めきり"を設けてしまったのだから。そして、切羽詰った私は書くことが何も思い浮かばなかったのだから。

いや。焦りに焦って昨晩が見つけた書くべきこと。そんなものが、あるにはあるのです。それはお風呂に入る前、コンタクトを外した時でした――

 

私は自分が眼鏡をかけた時の顔をよく知りません。私の眼鏡は丸眼鏡。私はとっても目が悪いため、度のきついその眼鏡をかけると目が小さくなってしまうのです。そんな自分はできれば見たくないという潜在意識なのでしょう。眼鏡をかけた瞬間に、私は鏡からすうっと目線を外していたことに昨晩はじめて気がついたのです。しかし、同時に思い出しもするのです。それは園子さんが時折私に言う言葉。「その眼鏡、滝廉太郎みたいな眼鏡でいいね。よく似合ってるよ」と。

分かりますでしょうか。みにくいアヒルの子が「黒い羽もステキね」と言われて、「そうか、自分は自分でいいんだピヨ」というほっこりストーリーをここでお伝えしたいのではありません。いいですか。滝廉太郎みたいな眼鏡。そんな眼鏡などないのです。言うならば、「滝廉太郎のかけている眼鏡みたいな眼鏡」です。まったく。日本語は、正しく使いたいものですね♪

 

――ね。

 

嘘を付いたほうがまだマシです。

 

そんなことで、みなさま。お久し振りです。

あの夫が、パワーダウンして帰ってきましたよ。

 

微夫