第七話 部屋と盗み見師と私。〜その2〜

第七回 部屋と盗み見師と私。~その2

 

~前回までのあらすじ~

 特に回に分けて書く必要もないのに、分けてみた「私」。しばらく休んでいたために回数を稼ごうとする魂胆が見え見えであることに本人は気付いていない。と、本人が書いているので薄ら寒い。みなさん、どうか懲りずにお付き合いください。もしお疲れでしたらば、休憩なさってください。もうほんと、私がみなさんの近くにいれば肩でもお揉みするんですけど。・・・・・・あ、前回は、終電ってなんか臭いよね、というお話でしたよ。エーックス!

 

私は見たのだ。あの、いや、彼の、陰湿なまでの行為、その一部始終を。

 

 前のめりになっていく彼女、のけ反る彼。その時である。

彼の目線が、ちらりと彼女の携帯画面へと移行する。それはまさしく一瞬の出来事だった。「まさか、盗み見」。私は思ったが、いくら憮然とした態度であるとはいえ、彼も大の大人だ。そんな子ども染みた真似をするはずがない。しかし、私が抱く希望は無謀なものであったとすぐさま思い知らされるに至る。

 

彼は、確実に盗み見ているのだ。彼女が打つ思いの丈を、そして、純情な乙女のハートを。ちらり、ちらりと盗み見ているのだ。そして、彼女が何かを打つたび、彼も何かを打っていく。まさか、盗み見るだけでは飽き足らず、盗み書きまでしているのか。もしかすると、彼女は顔出しNGで有名な売れっ子恋愛小説家なのかもしれない。彼の方は大手商社の重役などではなく、どこかの出版社員で、彼女の書く文章をそのまま出版しようと企んでいるのではないか。

いいや、落ち着くんだ。彼は出版などという世界に身を置くような人物ではない。出版社の社員であれば、おしゃれなボーダーシャツにジーパンという井出達であるはずだ。彼の首に巻かれた妙に派手なネクタイは、それとは違う。何より、彼女の醸し出す表情は作品を執筆する時のそれではなく、純粋に恋をしている乙女心のそれだ。彼はおそらく、ただ打つ振りをしているだけだ。そして、ただ、盗み見を楽しんでいる。

 

 しかし、彼女も彼女だ。どうして気がつかない。この場からは、こんなにもはっきりと彼の卑劣な行為が分かるというのに。

私の中に込み上げてくる怒り。今から思えば、それは私自身に向けられた怒りだったのかもしれない。そうなのだ。私が彼女に忠告すれば良いだけなのだ。たったひと言、「あの~、盗み見られてますよー」と。何故それができない。自分の非力に腹が立つ。

・・・・・・その時だ。彼女が彼の方を振り向いたのである。「頼む、気付いてくれ!」。

 

 しかしそれも、むなしい期待に終わってしまう。彼女が振り向こうとした直後、いや、ともすれば振り向く直前ですらあったかもしれない。彼は「ふふふ~ん」と自分のメールを打つ振りへと瞬時に戻ったのだ。・・・何ということだ。これはもはや素人の成せる業ではない。彼はプロだ。盗み見のプロフェッショナルだ。スガシカオの曲をかけたくない、悪のプロ、"盗み見師"だ。

 こうなれば、解決する方法はふたつしかない。早くメールを書き終えるか、途中下車するか、そのどちらかしかない。

 

 1分、2分、いや、1時間にも2時間にも感じられるその時間、彼女の「ちらり」と、盗み見師の「ふふふ~ん」が何度も繰り返されながら、それでも電車は闇の中を突き進む。電車よ、一体どこへ行こうというのだ。彼女に起こっていることなど、つゆとも知らずに。

私はただ、解決の時を待った。(つづけるんだね)