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日々 「手放すことの恩寵」

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日々

災難に見舞われた時、どう在るか?

 ただし、極限状態がいつも成功する、というわけではありいません。極限状態になると、「すでにそうであるもの」に対する抵抗が、逆に強まり、「下り坂」から、さらに「下方」へと落ちてしまう人たちもいます。中には、完全とまではいかなくても、いくらか「手放すこと」をおこなえる人もいるでしょう。いくらかでも、「手放すこと」をすれば、心の状態は楽になるはずです。エゴのカラが少し破れ、その破れ目から、思考の奥にある「大いなる存在」の平和が、輝きはじめるからです。

 極限状態は、数々の奇跡を生んできました。死刑執行を待っているあいだ、余命数時間というところで、すべてを手放したために、エゴから解放され、それと同時に、深い喜びと平和を経験した死刑囚は、一人ではありません。死刑囚の場合は、自分の死を待つという、想像を絶する状況の中で、心の抵抗は並大抵のものではなく、苦しみが限界を超えてしまいます。ところが、逃げ込める場所も術も、空想状の未来にでさえ,存在しません。そうなると、もう意思とは無関係に、すべてを完全に受け入れるよりほかありません。彼らは力ずくで、「手放し」の境地に、追いつめられたのです。こうして彼らは、「恩寵」の境地に到達することが出来ました。「恩寵」とは、過去からの完全な解放を意味します。でも、実際に「恩寵」の奇跡を生んだのは、極限状態ではなく、本人がおこなった「手放すこと」にあったのです。

『手放すこと」「恩寵の境地に到達」「恩寵」とは、過去からの完全な解放 
今日はあくびがよく出ます。何々 関係ないですね。
《 2021.09.13 Mon  _  読書の時間 》