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モームさん

スキャン4850.jpeg『月と六ペンス』

朝起きる時 何かゆうつになるんですよね。お客さんはどうですか?
しかし いろんなことを そのつどやってみます。 私はどなたかがおっしゃっていた 「るんるん」といってみるんですね。心の中でも口にだしていってもいいと思うんですが。そうしますとねなんか「るんるん」ということばは あかるくなりますねえ。
タオル体操もやってますよ これはね お風呂でせなかをあらうようにとか片足を順番にもちあげるとか あたまをしばってみるとか いろんなことを このタオルはやらせてくれることに気がつくのです。
胸に意識をおいて姿勢をよくすることも やってますぜ。 なんかこうしてやることがふえていくと 調子よくなるにきまってると。今のところ目に見えた効果は現れていませんがね。

「神への信仰です。これなしには私達は破滅していたでしょう」
やがて私達はクトラ医師の家に着いた。
五十五
クトラ医師が私に語った話を、私は医師の言葉を借りず、私自身の言葉で語ろうと思う。というのは、請売りをしただけでは、とうてい医師の生々とした話し振りは伝わらないと思うからだ。医師は堂々とした体にふさわしい太く低くよく響く声をしているし、鋭い劇的センスをを持っている。医師の話を聞いていると、諺どうりに、芝居を見るように面白い、しかも大抵の芝居より遥かに面白い。

医師は「赤毛の男って誰だ?」たずねた。赤毛とは画家のイギリス人で、ここから七キロ上った谷間にアタと暮している男のあだ名だということだった。土人の説明でストリックランドのことだなと医師にはわかった。それにしても、歩かなくてはならない。医師はとうてい行けたものではない、だからこそ人々は娘を追っ払ったのだ。「正直なところわたしはどうしようかとためらいましたな。悪い径を十四キロも歩くのは有難くないし、その日のうちにパペーテには戻れそうもない。しかも、ストリックランドは私に好意を持っていなかった。怠け者の、ろくでなし野郎で、我々のように働いて暮しをたてるより、土人女と同棲する方が好きな男だ。そのうち世間が彼は天才なりという結論に達するだろうなどと、何でこの私にわかりましょう?私は小娘に、自分で下りて来てわしの診察を受けることができん程悪いのかと訊きました。一体どこが悪いとお前は思うのか、と訊いても、小娘は答えようとしない。私は強く訊きました、多分腹立たしげに言ったことでしょう。しかし小娘はただうつ向いて、泣きはじめるしまつです。そこで私は肩をすくめ、とにかく行くのがわしのつとめじゃろうと思って、腹立ちまぎれに、道案内をしろとその小娘にいいつけました」

「さて、赤毛はどこにいる?」
「家の中にいます。先生が見えることは話してありません。中に入って診てやって下さい」
「だが、いったいどこが悪いんだ?絵を描くほどの元気があるんなら、タラヴァオまで下りて来る元気もあるだろう、そうすりゃ、わしがこんなくそいまいましい径を歩いてこんですんだのに。わしの時間もあいつのに劣らんくらい貴重だと思うがね」

ストリックランドはパレットを洗っていた。画架には絵がのっていた。パレオだけを身にまとったストリックランドは戸を背にして立っていたが、靴音を耳にして振り向いた。医師に腹立たしげな顔を向けた。医師を見て驚いたのと同時に、かってに入りこんだことを怒っていた。しかし医師の方はハッと息を呑んだ。その場に釘づけにされたように動けなくなった。目をこらしてじっとストリックランドを見た。まさかこんなことがあろうとは思いもかけなかった。医師はおそろしくなった。
「挨拶ぬきで入ってこられましたな」「何か御用ですか?」医師は気を取り直したが、声が出るまでには
容易なことではなかった。さっきのいら立ちはすっかり消えうせ、
ー「そう、わしとしても認めんわけにはゆきません」ー気の毒で気の毒でたまらなくなった。
「わしはクトラ医師じゃ。タラヴァオに女酋長を診に来た。するとアタから、あんたを往診するようにと使いが来た」
「バカな女だ。最近少しばかり方々に痛みを覚えて、熱も少しありますが、大したこっちゃありません。
そのうちに直ります。この次誰かがパペーテに行く時にキニーネを買わせましょう」
「鏡で自分の顔を見るがいい」
ストリックランドはちらと医師の顔を見て微笑した。そして壁にかかった小さな木の縁にはまった安っぽい鏡のところへ行った。
「顔がどうかしましたか?」
「あんたの顔に奇妙な変化が起っているのがわからんかね?目や鼻や口が厚ぼったくなっているのがわからんかね?それに顔つきがー何と言いあらわしたもんかなー本にはライオンのような顔と言っておるが。あんたは怖ろしい病気にかかっているとわしの口から言わなくちゃならんのかね」
「私が?」
「鏡を見れば、典型的な癩病患者の顔つきだとわかるじゃろう」
「御冗談でしょう」とストリックランドは言った。
「冗談であれば何よりだが」
「私が癩病だとおっしゃるんですか?」
「残念だが、それに間違いない」

ストリックランドは黙って医師を見つめた。いまわしい病のために変形した彼の顔には、何の感傷も浮んでいなかった。
「あいつ等は知っていますか?」遂にストリックランドは、ヴェランダでいつになく妙に黙りこくって座っている人たちを指さしながら言った。
「ここらの土人達はこの病気の徴候をよく知っている。あんたに教えるのがこわかったんだろう」
ストリックランドは戸口へ進み出て、外を見た。彼の顔に何か怖ろしい物が浮んでいたのだろう。いきなり土人達はみなわっと大声で叫び、嘆き悲しんだ。彼等は声を上げて泣いた。ストリックランドは何も言わなかった。一瞬、彼等を眺めていたが、部屋の中へ戻った。
「どのくらい生きられるのでしょうか?」
「それはわからない。時には二十年も病気が続くこともある。病気が早く進行してくれる方が有難いわけだ」
ストリックランドは画架のところへ行き、その上にのせてある絵を考え込んだ様子で眺めていた。
「あなたは長い道のりを来て下さった。重大な知せをもたらした人に報いるのは当然です。この絵を受け取って下さい。今はなんの価値もないでしょうが、いつかあなたはこの絵を持っていてよかったとお思いになるでしょう」
クトラ医師は往診料はいらないと断わった。さっきの百フラン紙幣は既にアタに返したくらいだ。ところがストリックランドはぜひこの絵を受け取ってくれと言い張った。やがて二人は一緒にヴェランダへ出た。土人達は激しくすすり泣いていた。
「静かにしろ。涙を拭け」ストリックランドはアタに声をかけた。「大したことはないさ。おれはすぐにお前と別れるから」
《 2021.06.02 Wed  _  読書の時間 》