
『月と六ペンス』角川書店昭和33年初版
きょうは眼帯を左目にしています。けんべきがでたのです。けんべきと言うとけんべきってなんですか?といわれましたが 母はもっとよくこのことばをつかっていました。目がくしゃくしゃすると言ったあと けんべきということばがでてくるので これはそういうことなんだなあと。けんびきというちりょうもあるそうですね。治療すると 目もすっきりするそうですからべとびのちがいで つながっているのかもしれませんよ。長くなりましたが そういうわけで 左目の白目ところが少し赤いのです。左かたもこっています。こういうとき 自分は今までに知ったことを一通りやてみます。タオル体操 ピップエレキバンをはる サロンパス。腸にも話しかけます 仕事うまくいってる?とかなんんとか
腸は疲れているのか応答がありません
こうしてしるしてみますと おおげさなけんべきばあさんですねえ
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このことは私を少なからず驚かせた。私はブルノ船長にその驚きの幾分かを伝えようとした。ほんのしばらく船長は黙っていた。
「少なくとも私に関する限り、あの人に同情することは不思議じゃありません」「何故なら、私もあの人もおそらく気づいていなかっったんでしょうが、二人とも同じものを目ざしていたんですよ」
「あなたとストリックランドのような全く似ても似つかぬお二人が、共通に目ざすものが一体ありうるでしょうか?」と私はほほえみながら訊いた。
「美です」
「それはまた大きな問題だ」
「ねえ、あなた、人間は恋愛にうつつをぬかして、他のすべてのことに対して聾で盲になってしまうことがあるでしょう、何故そんなことがあり得ると思いますか?それは人間がガレー船の漕手座に鎖で縛り付けられた奴隷と同じく、自分で自分をどうすることもできないからです。ストリックランドを束縛した熱情も恋愛と負けないくらい暴君だったのです」
「あなたのお口からそれを伺うとは!」と私は答えた。「長い間私は、ストリックランドは悪魔に取りつかれているんだと思っていました」
「そしてストリックランドにとりついている熱情は美を創り出そうとする熱情です。その熱情があの人を落着かせず、あちらこちらとあの人をかり立てたのです。あの人は神聖なものへの郷愁にてずつきまとわれた永遠の巡礼者です。そしてあの人の心のうちに住む悪魔は情容赦がなかった。世の中には、真実への欲求があまりに激しいため、その真実に到達するためには、自分の世界の土台まで破壊してしまう人がいます。ストリックランドもその仲間です。ただあの人の場合は美が真実と入れ替わっているだけです。私はあの人に対して深い同情の念を禁じ得ませんでした」
「これも以外でした。そういえば、ある男がストリックランドからひどい痛人を蒙ったくせに、ストリックランドに深い同情を感じると私に言ったことがありましたっけ」私は一瞬口をつぐんだ。
「今まで私にはどうもあの男が謎だったんですが、なるほど,そういうところにあの男の謎を解くかぎをみつけられたんでしょうなあ?どうしてその点に思いつかれましたか?」
「さっきも申し上げたでしょう、私も又私なりに芸術家だったからですよ。あの人に生気を与えているのと同じ欲求を、私も心の中に感じていました。ただ、あの人の場合は絵がその手段でしたが、私の場合は生活でした」
続いてブルノ船長は身の上を語ってくれた。私はそれをここに繰返したいと思う。それはただ対照としてだけかもしれないが、とにかく私のストリックランドに対する印象に何かを付け加えているからだ。又ひとつには、その話自身が私には独特な美しさを持っているように思えるからだ。
ブルノ船長はブリタニー人で、フランス海軍に居た。結婚すると同時に海軍を退き、ケンベールの近くに持っていた小さな土地に落着き、余生を平和に暮らすことになった。ところが、代理人の失敗から急に一文なしになってしまった。彼自身にしても妻にしても、いままで尊敬を払われていた土地で、貧乏暮らしをするのは気が進まない。船のりの生活をしていた間に、南太平洋を巡航したことがあるが、今彼は、あの土地で一旗あげようと決心した。まずパペーテで数カ月暮し、その間に計画を樹て、経験を積んだ。それから、フランスの友人から借りた金で、パウモトゥー群島の一島を買った。それは深い礁湖を取りまく環状の土地だった。無人島で、灌木と野生のバンジロウで覆われているだけだった。彼は勇気ある妻と、土人を二、三人連れて上陸し、家を建てはじめ、ココ椰子を植えるために灌木を伐り払いはじめた。これは二十数年前の話で、かって不毛だった土地は今では果樹園になっている。
「はじめのうちは、つらい,気がかりな仕事でした。でも私達夫妻は一生懸命働きました。まいにち私は夜明けとともに起き、木を伐り払ったり、植えつけたり、家の内外を整えたりしました。そして夜になって、ベッドに倒れ込むと朝まで死んだようになって眠りました。家内も私同様によく働きました。やがて子供達が生まれました。まず息子が、次に娘が。子供達の教育は全部家内と私でやりました。フランスからピアノを取りよせ、家内がピアノと英語を教え、私がラテン語と数学を教え、歴史は一緒に読むことにしました。子供達はボートを漕ぎますし、泳ぎも土人達に負けないくらいよく泳げます。土地に関して知らぬものはないくらいです。私達の木はできがいいし、私達の礁湖では貝がとれますし、今タヒチに来ているのも、スクーナ船を買うためなのです。貝探しの手間を払っても損がないだけの貝がとれますし、そのうちには真珠だって見つけないものでもありません。私は無から物を生み出しました。ですから私も美を創り出したわけです。ああ、あなたにはとうていおわかりになりますまい、あの丈の高いすこやかな樹をながめながら、あの一本々々をおれ自身の手で植えたのだと思う気持ちがどんなものか」
「あなたがストリックランドになさったのと同じ質問をさせていただきましょう。あなたは一度もフランスやブリタニーの故郷を離れたことを後悔しませんか?」
「いつの日か、娘が結婚し、息子も嫁をもらって、この島で私の後が継げるようになったら、私達は私の生まれた古い家に戻って余生を送るでしょう」
「そうなると、幸せな生活をなつかしく思うことでしょうね」と私が言った。
(もう おっかけですよ これじゃあ)(こんなことができたのは妻のお陰でもある そんないい妻を持つ資格が自分にはあるんだろうかと彼は言うのです)
「まあそうですね。しかしもう一つの別の要素がなければ、私達は何も達成できなかったでしょう」
「そして,その要素とは?」