
『月と六ペンス』
よるとさわると健康のことですが その中でも今日は「姿勢をよくすることについて」
それはどうすることが姿勢がいいのか あんがいわからないものじゃないでしょうか。で あごをひいたり むねをはったり のびをしたり 両腕を広げたりしてみますよね。
それでもすぐにねこぜになったりします。
きのう教えてもらったのは かえるさんという歌い手さんで 女性です。ほんとにかえるだったら 自然体で姿勢のことなどどう関係していいのかわかりませんが 彼女は人間ですから 肩もこるし姿勢も気になるのです。
で 首のつけねから10センチ下ぐらいのところに 意識を置くんだそうですです。手でそこいら辺りをそっと触ってみるのもいいかもしれません。実際やってみますと 姿勢に気が行くと姿勢がよくなっているのです。不思議。さっそくやっています。パソコンをやっていても 姿勢が悪くなってると思ったら くいっと胸を反らせたりしていたんですが
このやり方は何でか新鮮です。お客さん やってみてくださいよ
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それからブルノ船長はストリックランドを訪問したと時の話を続けた。
「あの人の家出過したことは一生忘れないでしょう。わや師は一時間も居るつもりはなかったのですが、あの人がどうしても一夜泊ってゆけと言うんです。私はためらいましたな。あの人がこれに寝ればいいと言ってくれたマットを見るとあまり気がすすみませんでね。でも,私もまあいいさと肩をすくめました。パウモトウー二次分の家を建てた時には、それよりももっと堅いべっどに何週間も眠ったんですからな、多いと言ったら野生の灌木しかないようなところでね。害虫の方は、皮膚が頑丈ですから、差されたって免疫ですよ。
「私達はアタが夕食の用意をしている間小川に泳ぎにゆきました。夕食をすませた後、ヴェランダに腰をおろしました。私達は煙草を吸い、しゃべりました。若い男が手風琴を持っていて、十二年ほど前にミュージック・ホールではやっていた曲を奏きました。それらの調べは、文明から何千マイルとはなれている熱帯の夜に奇妙に響きました。私は、こんな風に雑居しているのはいやじゃないかとストリックランドにたずねました。あの人は、いや手近にモデルを置いておくのは好きだといいました。間もなく土人達は大きな声であくびをすると、寝に行き、ストリックランドと私だけが後に残りました。夜のきびしいほどの静けさと言ったら、口では言いあらわせないほどです。パウモトゥー群島にある私の土地では、夜でもここほどの完璧な静寂という者はありません。海辺には無数の動物ががさごそと音を立てます。貝殻をかぶった小さな生物はそーっと這いまわりますが、陸がには音をたてて逃げまわります。時々沼湖でさかなの飛び跳ねる音がします。又時には茶色のさめに追われて、他の魚が全部命からがら逃げる時の、あわただしい大きな水しぶきの音も聞こえてきます。しかしここでは物音一つしません。そしてあたりは夜の白い花の香織がただよっています。あまりにも美しい夜なので、魂は肉体の束縛に耐えられないような気がします。今にもその魂が神秘的な大気の中へふあふあとと運ばれて行きそうな気がします。そうして死までが、愛する友人そっくりの指を呈します」
「私はストリックランドに、アタと暮して幸せかとたずねました」
「アタはおれを放っといてくれる」とストリックランドは言いました。『おれの食事を作ってくれるし、赤んぼの世話をする。おれの命じた事をする。アタはおれが女から求めているものをすべて与えてくれる』
『それじゃ、君はヨーロッパを後にしたことを一度も後悔しないかい?時にはパリやロンドンの大通りの灯りや友人や同輩やその他の人達との付合い、劇場や新聞、玉石を敷きつめた道路をわたるバスの轟などを懐かしいとは思わないか?』
長い事あの人は黙っていました。が、やがてこう言いました。
『おれは死ぬまでここに居る』
『だが君は退屈したり、淋しくなったりしないのかい?』と私はききました。
ストリックランドは含み笑いをしました。
『おやおや、君はどうやら、芸術家であることがどういうものかわからんようだね』いいました」
ブルノ船長は穏やかな微笑を私に向けた。彼の親切な目にはすばらしい表情が浮かんでいた。
「ストリックランドは私を見そこなっていたんです。何故なら,私だって、夢を持つという事がどういう者か知っています。私も幻想を抱いています。私は私なりにやはり芸術家なのです」
最近いろんな人からストリックランドについて話をきいたが、どれも一様に、或る一つの事柄に私の注意を向けた。ブルノ船長と一緒に歩きながら、わたしはその事を考えていた。
つまり、この遠隔の地では、ストリックランドは本国の人々から見られていたような嫌悪の情を、誰の心にも起こしていないということだ。むしろ同情の念を起こさせている。そして彼の奇行は大目に見られている。ここの人々にとって、土人にしてもヨーロッパ人にしても、ストリックランド葉風変わりな人間であって、始めっからそういう奴として通っている。世の中には風変りなことをする変り者がいくらでもいるさ、というわけだ。人間の現在の姿は自分がなりたくてなっているものではなくて、必然的にそうなっているのだということを、ここの人達はおそらく悟っているのだろう。イギリスやフランスでは、ストリックランドは丸い穴に打ち込んだ四角の釘だ。ところがここではいろんな形の穴がある。だからどんな種類の釘でも困りはしないのだ。ストリックランドはこのタヒチへ来てから、幾分おとなしくなったととも思えないし、利己主義や野蛮なところがいくらかなりとも納まったとも思えない。ここのほうが環境がよかったせいなのだろう。彼がこのような周囲の事情のもとに一生を送ったなら、彼も並の人と少しも変らない人間として通ったのだろう。彼はこのタヒチ島で、同国人の間では予期もしなかったし望みもしなかったもの、つまり同情を得たのだった。
( ストリックランドのようにタヒチというところでは 本国の人々から見られていたような嫌悪の情を、誰の心にもおこしていない)(そういうことなんですか)(風変りで始めから通っている。それで何ともなく生きていける)(タヒチに来てからストリックランドが前と変わったわけではない)(同国人の間では予期もしなかったし望みもしなかったもの、つまり同情を得たのだ)
(そうか こんなにすっとタヒチに入って行けたのが彼だったんですね)
(おれを放っといてくれる)(おれの食事を作ってくれるし、赤んぼの世話をする。おれの命じたことをする。おれが女から求めている者をすべて与えてくれる)
しかしストリックランドさん いいですね。そのかわり 家が狭くても ヴェランダに現地人が寝転んでいても、それはいっこうにかまわないというわけで。お金だってかせがなくちゃというあせりもなく
絵を描き続ける。
人間の現在の姿は自分がなりたくてなっているものではなくて、必然的にそうなっているのだということを,ここの人達はおそらく悟っているのだろう