who am ?I

PAGE TOP

  • 06
  • 09

モームさん

スキャン4856.jpeg『月と六ペンス』

さあ このページで サマセット・モームの『月と六ペンス』はおわります。


「そう、正直なところ、前戦での生活はじつにすばらしいんです。いい友達が大勢できたし、勿論戦争やなんかそういったたぐいのものはおそろしいことですよ。しかしたしかに人間の中の一番好いところを引き出してくれる、それだけは否定できません」
それから私は、タヒチに於けるチャールズ・ストリックランドについて私の知り得たところを三人に話した。アタやその子のことは言う必要はないと思ったが、その他のことはできるだけ正確に伝えた。ストリックランドのいたましい死について話し終ると、私は口をつぐんだ。一、二分の間私達はみんな黙っていた。やがて、ロバート・ストリックランドがマッチをすって煙草に火をつけた。
「神の臼(うす)は回転はのろいが、ひく粉は極めて細かい」(神の報いの来るのはのろいが必ずいつかやってくる、の意。『応報』のロングフェロー訳に出て来る一節)ロバートはいささか感銘をあたえるような調子で言った。
ストリックランド夫人とロナルドソン夫人は少し敬虔な表情でうつむいた。その表情からおして、私は二人がこの文句を聖書からの引用だと思っているに違いないと思った。いやそれのみか、当のロバート・ストリックランドだって、婦人たちと同じ錯覚を抱いていないとは言い切れない。何故か知らないが、私はふとストリックランドとアタとの間にできた息子を思い浮かべた。人々の噂では、その息子は陽気で、気のおけない若者だということだ。私は彼が働いているクーナ船の上で、ダンカリー布製のズボンだけを身につけている姿が目に浮かぶようだった。又、船がそよ風に乗って滑るように航海している夜、水兵達は上甲板に集まり、船長と荷主代表はパイプをくゆらしながらデッキチェアに身を沈めている時、彼が手風琴のぜいぜいいう音にあわせて、他の若者と一緒に、はげしく踊りまくる様子が目に浮かぶような気がした。頭上には青い空と星、周囲は見渡すかぎり島影一つない太平洋。
聖書からの引用句がふと唇の先まで出かかったが、私は控えた。何故なら俗人が牧師の縄張りを荒らすことはいささか冒涜であると牧師方が思うだろうから。二十七年間もウイットスタブルの教区牧師をしていた私のハリー叔父はこういう場合、悪魔でも自分の都合のよいように聖書を引用しようと思えばできるから(シェイクスピアの『ヴェニスの商人』一幕三場99行)というのが常だった。ハリー叔父は、一シリングで本場牡蠣を十三も買えた時代のことを覚えている人なのだ。


読み終えて 考えています。家族のこと 日々のいろんな出来事 それは ここだけのことかもしれないと。
 ストリックランドやストルーヴ ブラーンシュ ストリックランド夫人その子供達 タヒチでのアタと子供達 チアレ ブルノ船長 クトラ医師 その一人一人を 人間はこんなにいろいろいるんだと 自分は読んでいるのでした。この人達は 神の裁きを受けることはないのだろうなとも思いました。神は悪魔的な存在でもありそうですから(あっ まちがったかな?)
これからも この本のことをおぼえているかぎり 考えると思うな。
さて こんどは 『現代に生きるサマセット・モーム』清水明著にいきます。
《 2021.06.09 Wed  _  読書の時間 》