
『月と六ペンス』
ワシントン=時事、米CBSテレビは16日、ニュース番組「60ミニッツ」で、未確認飛行物体(UFO)について「現実に存在する」と証言するもと国防総省と当局者のインタビューを放送した。この元当局者はUFO
分析に関する秘密チームに所属していた。
(秘密チームだって?)
とこのようなニュースが出て来ると 夫はあまり新聞を読まない私のためにマルをそこの箇所に就けて渡してくれます。
「600−700G(重加速度)の力で、時速1万3000マイル(役2万900キロ)で飛行し、レーダーをかいくぐって水上や宇宙も飛行できる技術。それがわたし達が目にしているものだ」と語りました。
それでも 秘密チームが2012年に解散した後、UFOに関する研究が進んでいないことに懸念を抱いたとして「国民の関心を喚起し,調査を始めさせる必要があると考えた」と証言。米政府は来月、UFOに関する報告書を議会に提出する。報告を求めたマルコ・ルビオ上院議員はCBSで「この問題を取り上げる時、同僚はクスリと笑う。だが、非常に根本的な疑問にこたえないままでいるわけにはいかない」と語った。
クスリと笑うなよ
*
画家の芸術論はかなり重要なものとされている。
だからここいらで過去の偉大な芸術家に対するストリックランドの意見について私の知っているところを書き記しておくのは当を得ていると思う。ところがどうも特に言及するほどの物は殆どないらしい。だいたいストリックランドは話し上手な方ではないし、言わんとすることを聞き手の記憶に残るほどの際立った文句で言う才能がまるでない。機知もない。もしわたしが彼の話しぶりの再現にいくらかなりと成功していたとすれば、おわかりのことと思うが、彼のユーモアは皮肉である。彼の当意即妙の応答はがさつである。彼は時々真意を言って人を笑わす。しかしこの種のユーモアは珍しいからこそ効果があるのであって、もし始終使われているものであれば、面白くもおかしくもなくなるだろう。
(こういう彼のことを読んで 今もう一度書き写したくなるのは 画家というものがこういう風に見られているのか興味深いからなんです。 そういう読み方ができるなんて。 「クスリと笑うなよ」)
UFO のはなしで「クスリと笑う」ありましたよね。
ストリックランドはたいして頭の鋭い人ではないと思う。彼の絵画論も決して一般と変わらない。
彼の作品とどこか似た作風を持つ画家について、一度も彼が放すのを聞いたことがないー例えばセザンヌ(1839−1906、フランスの画家)とかヴァン・ゴッホ(1853−90、オランダの画家)とかだいたい彼がこの画家達の絵を見たことがあるのかどうか大いにあやしいものだ。
(セザンヌはともかくゴッホは一緒に絵を描いていたこともあるのだから 知ってる筈ですよ。あれ?もしかして ストリックランドはゴーギャンではないのかもしれないじゃない。ゴッホの事を知らないのだから。それとも 彼はゴッホとのあの事件についてふれたくなくて 作者に話さなかったのかもしれない)
印象派の画家達には大して興味を持っていなかった。彼等の技巧には興味を引かれたが、彼等の態度は平凡だと思っていたらしい。
(態度は平凡、これはどういうことなのかな?)
ストルーヴが最後にモネの優秀さについて大いに弁じ立てた時、ストリックランドは、「おれはヴィンテルハルター(1805−73、ドイツの画家)の方が好きだ」と言った。
彼がエル・グレコ を知っていたとは思えない。ベラスケスには大きな敬意を抱いていたが,そこにはやりきれないような気持ちもあった。シャルダンには満悦したし、レンブラントには恍惚とするほどの感銘を受けた。彼はレンブラントから受けた印象を、私がここに繰返すには忍びないような野卑な言葉で表現した。彼が興味を抱いた唯一の画家は、全く意外なことにブリューゲル父子の父の方(1520?ー69、フランドルの風俗・風景画家)だ。その頃私はブリューゲルのことは殆ど知らなかった。しかもストリックランドは自分の感じていることを表現する能力がないときている。ブリューゲルについて彼の言ったことを私が覚えているのは、その言葉が余りにも舌足らずだったからだ。
「あいつは大したもんさ」「きっと奴さん、描くのは地獄の苦しみだろう」
後になって、ウイーンで、私はピーター・ブリューゲルの絵を数点見たが、その時、この画家がストリックランドの注意を引いたわけがわかったような気がした。ここにも又、独自な世界の夢を抱いている男がいたのだ。
ブリューゲルは人間を歪めて観ていたようだ。そのくせ人間がグロテスクだといって腹を立てていた。人生とは馬鹿々々しい汚らわしい出来事の寄せ集めであり、物笑いの種にはもってこいの題材である。そのくせ彼は笑うのが悲しかった。ブリューゲルは、他の手段によって表現した方がふさわしい感情を,ある一つの手段で表現しようと努力した男と言う印象を私に与えた。そしてストリックランドが共感をそそられたのも、おそらくこういう点をぼんやりとながら感じとったためであろう。多分この二人は、文学の方がもっとぴったりときただろうと思われるアイディアを、絵に描きあらわそうとしたのではなかろうか。この頃のストリックランドの年齢は既に、四十近かったにちがいない。
(ブリューゲルのお父さんの絵ではなかったの?でもとりあえずブリューゲルの絵を見て見るか。ゴーギャンの絵と)(この小説って勉強させる本、私には)(そうか ストリックランドとかブリューゲルの絵は文学性があるんや、よー言ってるやん 夫が)