
『月と六ペンス』
カワバタエプロン 新しいのを出しました、なんのこっちゃらですが 大阪に住む友達にいただいた
手作りのエプロンなんです。エプロンの色や模様はとても大事で 今回のはお父さんやお母さん息子や娘という風に 結構いろんな顔がプリントされています。孫あたりなら ゆびさして「これお父ちゃん」なんてことをいうでしょうね。いつもエプロンをして ゴミ出しに行ったり 買い物に行ったりします、ポケットが深くて大きいので鍵を入れたりケイタイを入れたりマスクを入れたりするのでとても便利なんです。そういえば 買い物に行く時 お客さんはエプロンをして行きますか? そんな目で確かめた事ないなあ。
「家財道具は全部どう処分した?」遂に私はそうきいた。
「ユダヤ人が入って、家財道具一切を言い値に引き取ってくれた。おれの絵は一緒に故郷へ持って行く。今のおれには、絵の他に、洋服が一箱と数冊の本があるだけだ」
「君が故郷に帰るってのは、ぼくもうれしいよ」私が言った。
彼の立直る見込みは、過去のすべてを考えないようにすることだと思う。今は耐えがたいように見える悲しみも、時がたつにつれて柔げられるように、慈悲深い忘却の助けによって彼が人生の重荷を再び取り上げるようにと私は希望する。彼はまだ若い、あと二、三年もすれば、彼の不幸せのすべてを思い返す時、悲しみの中にも、まんざら不快でもないものが加わるようになるだろう。おそかれ早かれ、オランダでだれか正直な娘と結婚するだろう。そしてきっと彼は幸せになれる。死ぬ迄には、さぞや下手くそな絵をどっさり描く事だろう。そう思うと微笑ましくなった。
(「私」もまだ若いンだと思うな、こんなひどい別れを経験した人が ふるさとに帰って 母親の暖かいふところでいやされるようなもんやろか。読者の私は疑り深いのです)
この事件を忘れ去った頃「私」は又してもストリックランドに会う。(世間は狭いなあ(笑い)
ここでの会話は あいてに怒っている「私」とそういう態度を見せられると近づいて来るストリックランドとの掛け合い。あの事件を覚えていればとうてい発する事のできない会話。
「君と一緒に歩こう」
「何故?」
「君と一緒にいるのが楽しいからさ」
「君はどっちへ行くんだ?」と私が聞いた。
「君の行く方さ」
「僕は家へ帰るところだ」
「一緒に行ってパイプでも吸おうか」
「招待される迄待ったらよさそうなもんだ」と私は冷ややかにやり返した。
「招待されそうな見込があると思えば、待つさ」
「君みたいな憎らしい奴はいない。君みたいにいやらしい奴と運悪く知り合ったのははじめてだ。何故君は君を憎み、軽蔑している人間と付合いたがるんだ」
「おやおや、君がおれの事をどう思おうと、何でおれが気にすると思うね?」
「私」の性格の弱点はどんな人間であれ,私を笑わせてくれる人なら、まるっきり嫌いにはなりきれないのだ。もう一つの欠陥は いかに堕落した奴でも、こっちの売言葉に、負けずにうまい買言葉をを投げてよこす事のできる人間なら、よろこんで付合う。
(そうですか、これ日本人にそういう性格ってあるんですかね。すぐきれそうな気がするんだけど)