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モームさん

スキャン4828.jpeg『月と六ペンス』

今日は朝の体操はゆっくり手足を動かす 全体も動かす それでいきました。太極拳はむずかしいよ、そういわれても 自分が感じたところだけだと ゆっくり動かすということだけでその気分になります。夫が「1,234」すばやくうごかしているのとは 違うなと思うだけです。
「現代に生きるサマセット・モーム』清水明 からはじまった「モームさん」ですがきのうは「現代に生きるピカソ」ピカソの画集を見ていて 思いましたよ。元気に生きている私達の中にも ピカソの絵とよく似たのが結構あるからです。この視点で行きますとね 画集が面白くなって来るんです。自分の絵にしても どういうところから出て来てるんだろうと思いますと 多くの先人達にもしかしてお世話になってるんじゃないのかと ね


「おふくろはおれを芸術家にした時、おれのためにすばらしいことをしてやったつもりでいたのだ。しかしね、今となってみると、親父の意見の方が勝って、ただの正直な大工になっている方が、おれのためによかったんじゃないかって気がする」
「芸術がどれほど尊いものを与えてくれるかを知った今となって、君は人生を変えられるのかい?今まで芸術が与えてくれたすべてのよろこび、あれがなくてもやってゆけたと思うのかい?」
「芸術はこの世で一番偉大なものだ」
「おれが(ダーク)ストリックランドに会いに行ったことを知ってたかい?」
「君が?」

アトリエに足を踏み入れてからの様子は本当に表現してあります。
 部屋の中は、荒れ果てた感じがまるでなかった。妻のきれい好きは、彼が非常に気に入っていた妻の特徴の一つだった。彼自身の生い立ちが、整頓のよろこびにやさしい共感を覚えるようにさせたのだ。だからブラーンシュがそれぞれの物をきまった場所に片づけたいという本能的な欲望を持っているのを知った時、心の中がほのぼのと温まる思いだった。寝室はまるでたった今ブラーンシュがで変えたばかりのように見える。ブラシは化粧台の上に櫛の両側に一つづつきちんと置かれている。

かたづけたいという欲望

小説の面白さを見せてもらっています,今。
ブラーンシュがこういう女性だったんだと よくわかります。女性をたとえば母親、義母などをどんな人だったかをあらわす時 いつもやっていることで その人の日常の生活ぶりがよくわかりますね。  

「ブラーンシュは皿やコップ、フォークやスプーンを洗い、ナイフとぎ台の上で手早くナイフを磨き、それからすべてをしまい込み、流しをこすり、皿洗いようのふきんを干すーふきんはまだそこにかかっていた、灰色のやぶれたぼろだーそれからブラーンシュは辺りを見廻し、すべてが清潔にきちんとしているのを見届ける。やがてブラーンシュはそでをたくし下し、エプロンを外すーエプロンは戸の裏側の釘にかかっているーそれから蓚酸の瓶をとるとそれを持って寝室へ行く。

このようにね。

このアトリエは芸術味豊かにということをあらかじめ主眼として作ったものである。ストルーヴがこういうアトリエこそ芸術家にふさわしい環境と考えていたのがわかる。周囲の壁には昔の錦織の小品があり、ピアノは美しい色あせた絹布覆われ、片方の隅に「ミロのヴィーナス」の複製があり、他の隅には「メディチのヴィーナス」の複製がある。そこここにイタリア製の飾り棚があり、その上にはデルフ焼があり、又浅浮彫りもそこここに飾られている。立派な金の額に入れられてベラスケスの『インノケンチウス十世像』の複製が飾られている。これはストルーヴがローマにいる時摸写したものだ。そして更にストルーヴ自身のたくさんの絵が、その装飾的効果を最高に発揮できるように配置され、そのどれもがすばらしい額に入れられている。ストルーヴは自分の趣味をいつも自慢していた。アトリエのロマンチックな雰囲気に満足を覚えないときは一度もなかった。今ではアトリエの光景は彼の胸へ突き立てた短剣のようなものであるが、それでも無意識にルイ十五世のテーブルの位置を少しずらせた。

このようにね

ページ数はでたらめになって 増えていますが、だんだんこの本にひっぱられているってことですね


《 2021.05.11 Tue  _  読書の時間 》