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モームさん

スキャン4827.jpeg『月と六ペンス』

みぎがわに顔のようなものがあらわれましたね。そのかわりひげはありませんよ。
きのう この部屋にはちがまぎれこんできたんです。外に出そうとしてもものでいっぱいでまどがあけられません、いろいろかんがえたものの 手でつかむ勇気はありません。そのうち 八の居た所の障子を破ってしまったり あきらめてでかけてしまいました。障子に穴があいているんだから そこから出てパソコンの前を飛んで 廊下に出て 私が帰った頃にはそとにでているだろうと。
その後のことは わかりません。ところが、思い付いたことがあるのです、そとから窓を開けて 八がまだ生きているか確かめるのです。これは簡単なことかもしれませんが 私には重要なことでした。あっという間に春はすすんでいて むりやり裏に回りました。裏に回る所は木の葉がふくらんでいるからです。
さて 開けて見ますよ。ふむ きのうはぶんぶんといっていたのに 静かです。ほこりにまぎれていないかなとめをこらしてみますと あの黒にストライプのm票 ほこりにまみれていましたよ。あのはちはとにかく明るい方に向かえば外だとそれだけしか考えられなかったんでしょうね。パニックになって私が留守をしている間につかれて 誇りの上に落ちたのでしょう。飛んでいるときはこれより大きく見えたのだけど
誇りの中の八は小さく見えます。きのうこの窓の開け方に気づいていれば このはちは外に出ることができたのにな。はちもおなじことのくりかえしで お前はチエがなかったなあ。私は人間だけどやっぱりこの頭にはちえがなかったというわけ。あれ!こんなにはちのことで打ってどーすんの?

『私」はダークにふるさとのイタリアに帰るようにすすめる。彼はまずアトリエへ帰った。
まもなくして 彼はイタリアではなくオランダに帰ると云った。そこが彼の故郷なのだ。ここでは人の物笑いの種になっていたが 故郷ではきれい好きの林檎のような顔をした母親と息子を本当は大工にしたかった父親が居る。
「世の中は冷酷なところだ。我々が何故ここにいるのか、誰もわからないし、我々がどこに行くのか、誰もわからない。我々は非常に謙虚でなければいけない。静かなものの中に美を見出さなければならない。我々は人生をうんと目立たないように過して、運命の女神に気づかれんようにしなければならない。そうして、単純な無知な人々の愛を求めよう。彼等の無知は我々の知識のすべてより貴い。我々はささやかな片隅で黙って満足していよう、彼等のようにおとなしくやさしくしよう。これが人生訓だよ」
だが、私には、これは彼の失意の魂が語っているように思えたので、彼の諦観に反発を感じた。
「画家になろうと思ったきっかけは?」
「どういうわけかおれには絵の才能があったのさ。学校で絵の賞をもらった。おふくろはおれの才能がとても自慢で、水彩絵具を一箱プレゼントにくれたよ。おふくろはおれのスケッチを教師や医者や判事達に見せびらかした。すると、その人達はおれをアムステルダムにやって奨学金の試験をうけさせた。おれは受かった。おふくろときたら鼻高々でね、おれと別れるのは胸がはりさけるばかりつらかったのに、微笑してね、胸の中の悲しみを見せまいとしていた。息子が芸術家になるのがうれしかったんだ。おふくろとおやじは生活を切りつめて金を貯め、おれに不自由をさせまいとそてくれた。そうしておれの最初の絵が展覧会に出された時、アムステルダムまで見にやって来たよ、おやじとおふくろと妹とでね。おふくろはおれの絵を見た時泣いていたっけ」彼のやさしい目は涙で光っていた。「今じゃ、古い家の壁と言う壁には、おれの絵が美しい金の額ブチに入れられてかかっているよ」

ダークのその時の人生訓 私も静かに聞いていました、なんか人はそのときどきの人生訓を考えるのですね。
画家になったきっかけは ダークの場合はこうでした。雷に打たれたように画家の道につきすすんでいった
ストリックランドとは少し違いますね。




《 2021.05.10 Mon  _  読書の時間 》