
『月と六ペンス』
その目は不思議な光をたたえていた。
世間一般的な考え行動でなくても ストリックランドの目は光をたたえている。
「時々考えるんだ、広い大洋にポツンと忘れられた島。そこなら、どこか一目につかない谷間で、見知らぬ木にかこまれて、静寂の中で暮らせるだろう。そこでなら、おれの望んでいるものが見出せるような気がする」
「あなたは居心地のよい家庭と世間並に幸福な人生を棄てた。あなたはかなり裕福だった。パリではずっとみじめな思いをしてきたようだ。もしもう一度やり直すとしたら、同じ事をやりますか?」
「むろん」
「あなたはまだ奥さんのこともこ子供さん達のことも何一つ質問していないんですよ。あの人達のことを考えることがありますか?」
「ない」
「そんなそっけない言い方は止めてほしいな。家族の人達をさんざ不幸にしておいて、一瞬も後悔しないんですか?」
「あなただって昔のことを思い出さずにはいられないときもたまにはあるでしょう。むかしのことといっても七、八年前のことじゃなく、もっと昔のこと、初めて奥さんと会い、愛し、結婚した頃のことを。奥さんをはじめて腕に抱いたときのよろこびを思い出しませんか?」
「昔のことは考えない。大切なのは永遠なる現在だ」
「あなたは今幸せですか?」
「幸せだ」
「私のやり方に不賛成のようだね」
とんでもない」「王へびを相手に不賛成を唱えたってしょうがありませんよ。それどころか、精神作用に興味がありますね」
「君が感じているのは職業上の興味だけなんだね」
「それだけです」
*
彼とストリックランドとの会話に耳を傾けています
「昔のことは考えない。大切なのは永遠なる現在だ」言ってくれましたね