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モームさん

スキャン4802.jpeg『月と六ペンス』

「まさか君はあの男をしっているんじゃないだろうね?」とストルーヴは声をあげた。
「けだものだわ」と彼の妻が言った。
 ストルーヴは笑った。
「かわいいお前」彼は妻の所へ行って、両手にキスした。「家内はあの男が嫌いなんだ。君がストリックランドを知ってるとはねえ!」
「あの無作法には我慢ができませんわ」ストルーヴ夫人が言った。
 ダークは笑い続けながら、私の方に向いて説明した。
「というのはね、いつかあの男に、僕の絵を見に来てくれとここに招んだことがあるんだ。すると奴さん、やって来たよ、そこで僕は手持ちのを全部見せた」ストルーヴは気まり悪そうに一瞬ためらった。何故彼は意に染まない話など言い始めたのだろう、話の結着を言うのが気まずそうだった。「あの男は僕のー僕の絵を見たが、何ともいわなかった。批評は全部見てからにしようと控えているのだと僕は思った。そして最後に僕が『さあ、これで全部だ』というと、彼がなんと言ったと思う、『君に二十フラン借りようと思ってきたんだ』とさ」
「おまけにダークったら、本当に二十フラン渡しましたのよ」彼の妻は腹立たしげに言った。
「僕はあんまりあっけにとられちまって、断わるのはいやだったしな。あの男は金をぽけっとにつっこむと、ただちょいとうなずいて、『ありがとう』というと、出ていっちまった」
 ダーク・ストルーヴはこの話をしながらそのまんまるい間の抜けた顔に、いかにもあっけにとられた表情を浮かべたので、笑いを押さえるのはなかなかむずかしかった。
「僕の絵はなってないとでもいうんならべつに気にはしないさ。だがあの男は一っ言もいわないんだ、ー一っ言も」
「それなのにあなたったら、いつもこのお話をなさりたがるのね、ダーク」と彼の妻が言った。
 ストリックランドのダークに対する残酷な仕打ちを憤慨するよりも、このオランダ人(ダーク・ストルーヴ)の間の抜けた恰好を面白がる方が先に立ってしまうとは、何とも気の毒なことだった。
「二度とあんな人には会いたくありませんわ」とストルーヴ夫人が言った。
 ストルーヴはほほえんで、両肩をすくめた。彼の機嫌はもう直っていた。
「それにしても、あの男が偉大な芸術家であることには変りない、実に偉大な芸術家だ」
「ストリックランドが?」と私は叫んだ。「じゃ、僕のいうのと同じ人でありっこないな」
「赤ひげの大男だよ。チャールズ・ストリックランド。イギリス人」
「僕が知っていた頃はひげをはやしていなかったが、しかし生やせば赤ひげだろうな。僕の考えている男はほんの五年前に絵をやりはじめたばかりだ」
「その男だよ。あいつは偉大な芸術家だ」
「まさか」
「僕の目が狂ったことがあったかい?」ダークは私にたずねた。「いいかい、あの男は天才だ。僕は確信している。百年たって、もし仮に君や僕の名が世間に覚えられているとすれば、それは僕等がチャールズ・ストリックランドの知り合いだったからに他ならない」
 私は驚いた、と同時に非常に興奮を覚えた。いきなり私の頭に彼との最後の会話が浮かんだ。
「どこへ行けばあの人の絵が見られるだろう?」と私はたずねた。「世間に持てはやされているかい? どこに住んでいる?」
「いや、世間にはかえりみられていない。一つとして絵は売れていないと思う。あの男のことを他の人に話せば、みんな笑いとばすだけだ。だが僕にはわかる、あいつは偉大な芸術家だ。そんなことを言えば、マネ(1832−83、フランス画家、印象派の開拓者)のことだって世間の奴らは笑っていたじゃないか。コロ(1796−1875、フランスの風景画家)は一つも絵が売れなかったじゃないか。どこに住んでいるのか知らないが、君を連れてって会わしてやることはできるよ。あの男は毎晩七時にはクリシ街のカフェーに行く、もし行きたけりゃ、明日そこへ行ってみよう」


「まさか君はあの男を知っているんじゃないだろうね?」
「あの人の無作法にはがまんできませんわ」
「僕の絵を見たが、何とも言わなかった」『君に20フラン借りようと思ってきたんだ」
「それにしても,あの男が偉大な芸術家であることには変りない、実に偉大な芸術家だ」「まさか」
「どこへ行けばあの人の絵が見られるんだろう?」
「世間にもてはやされているかい?」
「いや世間にはかえりみられていない。一つとして絵は売れていないと思う。あの男のことを話せば、みんな笑いとばすだけだ。だが僕にはわかる、あいつは偉大な芸術家だ。そんなことを言えば、マネのことだって世間の奴らはわらっていたじゃないか。コロは一つも絵が売れなかったじゃないか」
おもしろくなってきましたね。





《 2021.04.12 Mon  _  読書の時間 》