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モームさん

スキャン4800.jpeg『月と六ペンス』

 私はパリに来たことをストルーヴにには黙っていた。私が彼のアトリエのベルを鳴らすと、彼自身ドアを開けたが、一瞬私が誰だかわからないようだった。次ぎの瞬間には、びっくりして、嬉しそうな叫び声をあげると、私を中に引っぱり込んだ。これほど熱心に歓迎されるのは気持のいいものだ。彼は妻のストーブのそばに腰かけて縫物をしていたが、私が中に入ると立ち上った。彼は私を紹介した。
「覚えていないかい?」と妻に言った。「この人のことは何度も話したろう?」そして私に向って、「来るってことを何故知らせてくれなかったんだい?来てからどのくらいになるの?どのくらい居るつもり?何故一時間早く来なかったんだい、一緒に夕めしが食べられたのに」
 私を質問攻めにした。私を椅子に座らせると、クッションかなんかのように私を叩き、葉巻や菓子やブドウ酒をぜひにとすすめた。私を放っておけないのだ。ウイスキーが手許にないといってはひどくしょげるし、何か私のためにしてやれるものはないかと頭をふりしぼる、そして顔を輝かせ、声を立てて笑い、あまりのうれしさに体中から汗を吹き出していた。
「ちっとも変らないね」と私は彼を見ながらほほえんだ。
 私の記憶に残っている通りの、間の抜けた格好をしていた。でぶでちびで短い足をしている、年歯まだ若かったー三十は越えていないはずだーしかし若禿だった。顔はまん丸で実によい血色をしている。白い肌に、赤い頬に、赤い唇をしていた。目は青く、やはり丸かった。大きな金縁の眼鏡をかけ、眉毛はあまりにも色が薄いので見えないほどだ。彼を見ていると、ルーベンス(1577−1640フランドルの画家)の絵に出てくる愉快な肥っちょの商人達を思い出す。
 しばらくパリに滞在するつもりで、アパートを借りたと言うと、何故知らさなかったのかとひどく私をとがめた。自分がアパートを探してやったのに、家具を貸してやったのにー君は本当に家具を買うなんてむだ使いをしたのかい?ーそれに、引っ越しの手伝いもしてやったのに。
 彼は私のために自分を役立てる機会を与えてくれなかったのは友達甲斐がないと、しんからそう思いこんでいるのだった。その間、ストルーヴ夫人は静かに座って、靴下のつづくりをし、一言も喋らない。しかし夫がしゃべっているのを、終始しとやかな微笑を唇に浮かべつつ聞いていた。
「ほーらね、僕は結婚してるだろう」いきなり彼は言った。「僕の妻をどう思う?」
 彼は妻の方を見て顔を輝かせ、眼鏡を鼻柱の上に持ち上げた。汗のために終始ずり落ちるのだ。
「一体どう答えさせようっていうんだい?」と私は笑った。
「本当よダークったら」夫人もほほえみながら口を入れた。
「だがすてきな女だろ?いいかい、君、ぐずぐずするんじゃないよ、できる限り早く結婚するんだ。僕は世の中で一番幸せ者だ。あそこに座っている妻を見ろよ。絵になるじゃないか?シャルダン(1699−1779、フランス画家)風だ、ええ?世界中の最も美しい女という女は全部見たけれど、ダーク・ストルーヴ夫人ほどの美女にはまだお目にかからないね」
「ダーク、黙らないんなら、私いってしまいますよ」
「かわいいお前」とダークが言った。
 夫人はダークの口調にこもっている熱愛に戸惑って、少し頬を染めた。彼から来た手紙には、妻を熱愛していると書いてあったが、なるほど彼は一刻も妻から目を離せそうもなかった。夫人の方は果して彼を愛しているのかどうかわからない。可哀想な道化師、ダークは人の愛情をそそるような対象ではない、しかし夫人の目にうかんでいる微笑はやさしかった。それに表面は控え目だが、中に非常に深い愛情をひそめているのかもしれない。婦人はダークの恋わずらいの妄想に映るほど魅惑的な女ではないが、地味な美しさがあった。背は高い方で、飾りっけのない仕立のよい灰色のドレスは、婦人の姿体の美しさを隠さなかった。

ストルーヴの特徴
「来るってことを何故知らせてくれなかったんだい? 来てからどのくらいになるの? どのくらい居るつもり? 何故一時間早く来なかったんだい、一緒に夕めしが食べられたのに」このように質問攻めをする人物。
間の抜けた格好 でぶでちびで短い足
年はまだ若かった 三十を超えていない
若はげ 顔はまん丸 眉毛は薄いルーベンスの絵に出てくる愉快な肥っちょの商人のよう
結婚している 妻を美人だといいきり 熱愛している

これらのことを計算して ええっと 誰よ まだかよー
「モームさん」という言葉が出て来なくて 記憶細胞やーい

夫人 気持ちのまとまらない
《 2021.04.10 Sat  _  読書の時間 》