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モームさん

スキャン4797.jpeg『月と六ペンス』角川書店 昭和33年初版

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それから五年ほどして、私はしばらくパリで暮すことにきめた。ロンドンにいて私はくさくさして来た。毎日毎日殆ど同じことをくり返すのにあきてしまった。友人たちは無事平穏に彼等の道を歩んでいる、もう私をびっくりさせるような種は持ち合わせていない。彼等に会えば、何と言い出すか殆ど見通せる,彼等の色事だって陳腐きわまる。我々は終点から終点迄きまった軌道を走る市街電車のようなものだ。乗っている乗客の数を殆ど正確に数えることもできる。人生があまりにも快適に整然としていすぎる。私は急に空おそろしくなった。私の小さなアパートを引き払い、わずかの家財道具も売り払って、新規巻直しで行こうと決心した。
 発つ前にストリックランド夫人をたずねた。夫人とはしばらく会っていなかったが、夫人は変った。前より老けて、やせて、しわがふえたというだけでなく、性格も変ったように思われた。夫人の商売は成功だった。今ではチャーンセリ・通りに事務所を持ち、自分自身は殆どタイプを打たずに、雇っている四人の娘の仕事を直している。夫人はこの仕事にいくらか優雅さを添えようと思いつき、青と赤のインクをふんだんに使い、ちょっと綾絹のように見える、いろんな薄色の厚紙で写しを製本した。おかげで、こぎれいで正確であるという評判を得た。夫人は着々と金をもうけていた。しかし夫人は、自分で生活費をかせぐのはいくらか品のないことだという考から今もってぬけきれないでいるので、自分は生まれながらのレディーであるということを相手に思い出させようとするきらいがある。夫人の社会的地位が下っていないことを相手に納得させるようなえらい知人の名前を、つい会話の中に折りこまずにはいられない。自分の勇気と商売上手についてはいくらか恥じているが、明日の夜は南ケンジントンにいるある勅選弁護士の邸の晩餐によばれていますのよ、などという時はうれしそうだ。又、息子はケンブリッジ大学で学んでいると相手に告げることができるのが自慢そうだ。そして、小さく笑い声さえたてながら、最近社交界へデビューしたばかりの娘にダンスのお誘いが殺到していますのよ、と言った。私はどうやらずいぶん馬鹿なことを言ってしまったらしい_
「娘さんも奥さんと同じ仕事をなさているのですか?」とたずねた。
「とんでもありません、娘にそんなことはさせられませんわ」とストリックランド夫人が答えた。「娘はとても美しいんですもの。きっといい結婚をしますでしょう」
「奥さんの手助けになると思っていましたが」
「舞台に立てばいいのにと言って下さる方々もいらっしゃいますけれど、でも勿論そんなことに賛成できませんわ。有力な劇作家は全部存じ上げていますから、明日にでも娘が役につくようにしてやれますけど、でも娘にはいろんな質の人々と付合わせたくありませんの」
 ストリックランド夫人の排他的な考にはいくらか寒けを覚えた。
「御主人の噂はお聞きになりますか?」
「いいえちっとも。案外死んでいるのかもしれませんわね」
「パリで偶然お会いするかもしれません。様子をおしらせしましょうか?」
夫人はちょっとためらった。
「もし本当に困っているようでしたら、少し助けて上げるつもりです。あなたのところへいくらかお金を送りますから、あの人が要る時に少しずつ渡してやって下さい」
「それはご親切に」と私は言った。
 しかし、その申し出を促したものは親切心ではないのだ、私にはわかっていた。苦労は性格を気高くするというが、あれはうそだ。幸福が性格を気高くすることは時々あるが、苦労は大抵の場合、人間をけちに、執念深くさせるものである。

ストリックランド夫人の経済はこのようにして 成り立って行きますね。
それは そういうところにいるのですから そうなんだろうと思いました。同じ環境にいる人でも できない人もいるでしょうから、やるねえと 女の私は思います。なんで夫のことをきっぱりあきらめたんでしたっけ?自分の思想のために妻子を棄てたことに 怒ったからでしたよね。
夫人は勅選弁護士の晩餐会によばれているとか 息子の大学自慢 娘の自慢話をしますが仕事で子供達に助けてもらおうなどとは思わない。まあ、仕事がうまくいってたら必要ないですものね。
しかし著者は こうした一連のことをとりあげてはいるけれども あまりいい風にはとっていませんね。
夫人は夫(離婚したんでしたっけ?)に関してはこまっているようであったら助けてあげてもいいという感じですね。しかっしここでは夫人と書いてありますね。

「その申し出を促したものは親切心ではないのだ。私にはわかっていた。苦労は正確を気高くするというが、あれはうそだ。幸福が性格を気高くすることは時々あるが、苦労は大抵の場合、人間をけちに、執念深くさせるものである」

そうか そうですか、自分のことを見ているところですが、人間をけちに、執念深くさせてまっせ たしかに。自慢話もしたくなるでしょうし 世間の話ですね。しかし、思いますにジマンバナシでも こける人だっていまっせ。話は下手だと何事もあまりうまくいきませんわ。夫人は長年、社交界できたえてきはったんですわ。これを生き抜いていくチエにしてる、つぶしのきかん自分からしたら 感心します。

そうそう彼は ロンドンでの決まりきった暮らしにあきあきしてきたんですね。「もう私をびっくりさせるような種は持ち合わせていない」ってね。
ストリックランドにしても彼にしても ロンドンには 当時 伝統とかはしっかりあっても、目新しいことがなかったんでしょうかね。パリにはそれがあったというわけですか。私が本で読んだ限りでは近辺から芸術家などいっぱいでてきていますから 魅力があったんでしょうね。ルノワール、ロートレック、あれ、
一杯の筈なのにでてこない。 
《 2021.04.07 Wed  _  読書の時間 》