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モームさん

スキャン4795.jpeg『月と六ペンス」

「でも今はー今となってはもうおしまいです。あの人に対しては、まるで赤の他人に対するように無関心ですわ。みじめで、貧乏で、飢えて、一人の友達もなしに死ねばいいわ。何かいままわしい病にでもかかればいいわ。もうあの人とは一切縁を切ります」
 この際、ストリックランドの提案したことを言っておいてもいいだろうと思った。
「もし奥さんが御主人を離婚したいとお思いでしたら、離婚を成立させるのに必要なことをよろこんで何でもすると、御主人は言っていらっしゃいますが」
「どうしてあの人に自由など与えましょう?」
「御主人はべつに自由にさせてほしかないと思います。御主人はただそうした方が奥さんに都合がよかろうと思われただけです」
 ストリックランド夫人はいらだたしげに肩をすくめた。私はいささか夫人に失望を覚えたようだ。
その頃の私は今よりも、人間とは首尾一貫しているものと思っていたので、このように感じのいい人がこれほどはげしい復讐の念を抱くのを見て悲しんだ。一人の人間を形成している属性がいかに種々雑多であるかに気がついていなかったのだ。今の私なら、くだらなさと偉大さ、悪意と思いやり、憎しみと愛が同じ一人の人間の心の中に肩を並べているのを発見することができるなどということは、百も承知している。
 何か私の言えることで、今のストリックランド夫人を苦しめている痛烈な屈辱感を柔げるものはないかと考えた。ものは試し、とにかくやってみよう。
「でも御主人のおとりになった行動は、御主人ばかりの責任ともいえないと思うんです。御主人は正気じゃないようです。私には御主人が何か強力なものにとりつかれて、その力が自らの目的のために御主人を動かしているように思えるのです。そしてその力に支配されている限り、御主人は蜘蛛の巣にかかった蠅のように手も足も出ない。まるで誰かが御主人に呪いでもかけたようなんです。人間の中に個性が入り込んで、今迄の個性を追い出してしまうというような不思議な話を時々聞きますが、あれを思い出しますね。魂は肉体の中で不安定な状態にあって、神秘的な変貌も可能なのです。昔の人達だったら、さしずめ、チャールズ・ストリックランドに悪魔がとりついたというところでしょうな」
 大佐夫人はガウンの膝をのばした、すると金の腕輪が手首に落ちてきた。
「どれもずいぶんこじつけみたいですわね」と辛辣に言った。「そりゃエイミにも、自分の夫はこんな人とちとばかりきめ込みすぎたところがあったかもしれないわ。エイミが自分のことばかりかまいすぎてなければ、何か変だと気づかなかったわけはないと思うの。家の主人がもし一年かそれ以上もの間、何かをたくらんでいたら、必ず私はそのたくらみをかなり見通せたと思うわ」
 大佐はあらぬ方をじっと観ていた。この時の大佐ほど狡猾さを表面さも無邪気そうに装える人がいただろうか。
「でもそれだからといって、チャールズ・ストリックランドが血も涙もない獣であることには変りありません」大佐夫人はきっと私の方を見た。「あの人が何故妻を棄てたか私にはわかりますー極端な利己主義からです、その他の何物でもありません」
「たしかに簡にして要を得た説明です」と私は言った。しかし内心、何ら説明になっていないと思った。疲れたからといって、私が帰ろうと立ち上った時、ストリックランド夫人は私を引き止めようとする素振りすら見せなかった。

「どうして私があの人に自由謎与えましょう」
「御主人はべつに自由にさせてほしかないと思います。御主人はただそうした法が奥さんに都合がよかろうと思われただけです」

このやりとりは、かみあっているのかなあ。

その頃の私は今よりも、人間とは首尾一貫しているものと思っていたので、このような感じのいい人がこれほどはげしい復讐の念を抱くのを見て悲しんだ。一人の人間を形成している属性がいかに種々雑多であるかに気がついていなかったのだ。今の私なら、くだらなさと偉大さ、悪意と思いやり、憎しみと愛が同じ一人の人間の心の中に肩を並べているのを発見することができるなどということは、百も承知している。

ん・・こんなとき 夫人はうろたえるわなあ、首尾一貫はしないわなあ、などと。
私は71歳にして、後者のような考えは知っていても 知っているということと 知識とはちがうからなあとか ぼそぼそとつぶやく。お客さんは どー?

さくらの季節 まんかいのさくらをみるたびに さくらって何か「淋しい」を演出するなあと。
この景色を あと何回見れるのかなあとか 

《 2021.04.04 Sun  _  読書の時間 》