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モームさん

スキャン4794.jpeg『月と六ペンス』

「あの人は決して帰って来ませんわ」と言った。
「そんなこと、今聞いたばかりのことを思い返してごらんなさい。あの人は楽な生活になれていたし、誰かに身のまわりの世話をしてもらうのになれていたのよ。みすぼらしいホテルのみすぼらしい部屋にあきあき
するのにどれほど時がかかると思うの?おまけにお金だって持ってないんですもの。帰らないじゃいられませんよ」
「どこかの女と駆落下と思っていた間は、チャンスがあると思っていましたそういうことは決して成功しないと信じていましたから。三月とたたないうちに死ぬほど女にあきあきしてしまったでしょう。でも恋愛のために出て行ったんでないとすれば、もう終わりですわ」
「なんだかずいぶん微妙なもんだな」大佐は、自分の職業の伝統とはおよそ縁のない性質に対して感じる軽蔑を、洗いいざらいその言葉にこめて言った。
「そんなことを信じるんじゃない。あいつは帰って来るさ、そして家内の言うように、ちとばかり、したい三昧させてみるのも悪くはなかろう」
「でも私はあの人に帰ってきて欲しくないんです」と夫人は言った。
「エイミったら!」
ストリックランド夫人に取りついていたのは怒りだったのだ。顔が青ざめていたのは、冷やかな、突然わき上がった激怒のための青白さだったのだ。夫人は今、口早やに、小きざみに喘ぎながらしゃべった。
「もしあの人が誰かに死ぬほど恋いこがれて、その女と駆落したというのなら、許すことができたでしょう。ありそうなことだと思うでしょう。本気であの人を責めたりしなかったでしょう。女にひきずられたんだと思うでしょう。男の人はとても弱いし、女の人はとてもずうずうしいんですもの。でもこんどの場合はちがいます。あの人が憎い。こうなっては絶対に許せません」
 マックアンドルー大佐夫妻は異口同音に夫人に話しかけはじめた。夫妻ともびっくりしてしまったのだ。夫人に、あんたは気が狂っていると言った。わけがわからないとも言った。ストリックランド夫人は必死な面持で私をふり向いた。
「あなたはおわかりにならない?」と叫んだ。
「さあ、どうですか。奥さんのおっしゃる意味は、女のために奥さんをすてたのなら許せるが、思想の為にすてたのでは許せないというんでしょう?相手が女なら適うけれど、相手が思想ではとうてい適わないと思っていらっしゃるんでしょう?」
 ストリックランド夫人が私に向けた表情には大して親しげな色は浮かんでいなかったが何とも答えなかった。きっと私の言ったことは急所をついていたのだろう。夫人は低い震えた声で言葉をついだ。
「私があの人を憎いと思うほど、人を激しく憎むことができようとは思ってもみませんでしたわ。あのね、あのね、私こんなふうに考えて自分を慰めていましたの、この状態がどれほど長く続いたにせよ、あの人は最後には私を求めるだろうって。臨終の時にはきっと私に来てくれと言ってくるでしょうし、私もよろこんで行ってあげようと思っていました。そうすれば母親のように看病をしてあげるし、臨終の時には、かまわないのよ、いつもあなたを愛していたのよ、と言って、何もかも許してあげたでしょう」
 私はいつもいささか面喰らうのだが、女が自分の愛する者の臨終の床で健気な行いをしたがるその熱意たるや大したものである。時には、自分が映える場面を演ずる機会を遅らすというわけで、相手の長生きをよろかばないんじゃないかとさえ思えることがある。

「さあ、どうですか。奥さんのおっしゃる意味は、女のために奥さんをすてたのなら許せるが、思想のため
にすてたのでは許せないというんでしょう?相手が女なら適うけれど、相手が思想では適わないと思っていらっしゃるんでしょ?」」

ストリックランド夫人はそう思ったんでしょうか。しかしマックアンドルー夫妻はそのことに驚いている。
読者である自分は どうなんよ どう思うんよ そんな場面ですね


「私が今あの人を憎いと思うほど、人をはげしく憎むことができようとはおもってもみませんでしたわ。
あのね、私こんなふうに考えて自分を慰めていましたの、この状態がどれほど長く続いたにせよ、あの人は最後には私を求めるだろうって。臨終の時にはきっと私に来てくれといってくるでしょうし、私もよろこんで行ってあげようと思っていました。そうすれば母親のように看病もしてあげるし、臨終の時には、かまわないのよ、いつもあなたを愛していたのよ、と言って、何もかも許してあげたでしょう」
この夫人の筋書は どうやらこの場合あてはまらなかった。
お客さん いやはや どうです?
そして臨終の床で健気な行いをしたがる女のその熱意たるや大したものである
これは妻としての映えある見せ場というわけだというわけなんですね。
自分はそんな風にやさしくできるかなあとは思っても 女性をこんなにクールには見ませんでした。
しかし、女か思想か、ストリックランド夫人の思いは なるほどねーとはいけないのよです。
深くはない 浅瀬の私ですわ。

布に絵を描いたのは1988年、この頃はあまり深い意味はありません やっぱり浅瀬か。そのうえに今引っぱり出して来たものを載せてみたり
目指すことがなくても どうせ それぞれ違ったことを考えているらしいのだから 





《 2021.04.03 Sat  _  読書の時間 》