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モームさん

スキャン4793.jpeg『月と六ペンス』 角川書店
昭和33年初版

「しかし私は本当だと思います」とおだやかに口を差しはさんだ。 
 大佐夫人は愛想よく、しかし軽蔑をこめて私を見た。
「男の人が四十にもなって、仕事をなげうち、妻子を棄てて画家になるからには、必ずそこに女がいるはずです。きっとあの人はあなたのー芸術上の友達の誰かと知り合って、その女にうつつをぬかしたにちがいありません」
 ストリックランド夫人の青白い両頬にいきなりぽっと紅がさした。
「どんな人ですの?」
 私はちょっと言い淀んだ。私は爆弾を投下しようとしているのだ。
「女なんていません」
 マックアンドルー大佐とその妻は信用できないといわんばかりの声をあげた。ストリックランド夫人はとび上がった。
「女を一度も見なかったととおっしゃるの?」
「見ようにも女なんていないのです。御主人は全く一人ぼっちです」
「そんなばかなことって」と大佐夫人が叫んだ。
「これだから、わしがいかなきゃらちがあかんと思っていたんだ」と大佐が言った。「わしならあっという間に女をさがしてみせたさ」
「ほんとうにいらっしゃればよかったですよ」私もいくらか辛辣にやり返した。「そうすれば、あなたの御推察がどれもこれも的はずれだったことを御自身でたしかめられたでしょう。しゃれたホテルにも住んではいません。小さな一室で全くむさくるしい生活をしています。もしや家庭をすてたにせよ、それは華やかな生活をするためではありません。金さえ、殆ど持っていないくらいです」
「じゃ、何か私達の知らないことでも仕出かして、警察の目をさけて見をひそめてでもいるんでしょうか?」
 この思いつきは三人全部の胸に一抹の希望を抱かせた。しかし私はそんな事にかまっちゃいられない。
「もしそうなら、自分の居場所をパートナーに知らせるようなへまはまずしなかったでしょうね」私は辛辣にやり返した。「とにかく、一つのことだけは絶対に確信しています、誰とも駆落なぞしたのではないってことです。そんなことは最もあの日との考えから遠いことなのです」
 しばらく皆は黙っていた、その間、三人は私の言ったことを考えていた。
「ではあなたのおっしゃることが本当だとすれば、私が考えていたほど事態は悪くはないってことになりますわ」遂に大佐夫人がそう口をきいた。
 ストリックランド夫人は姉をちらっと見たが、何も言わなかった。夫人の顔は今は真っ青で、美しい額は不機嫌そうにかげっていた。夫人の顔の表情の意味が私にはつかめなかった。大佐夫人は言い続けた、_
「もしただの気まぐれなら、そのうち直りますわ」
「エイミ、あんたが行ったらどうだね?」と大佐は思い切って言ってみた。「一年くらいパリで一緒に暮らして悪いってことはないだろう。子供のことはわし達がみて上げるから。きっとあいつはくさくさしちまったんだろう。いずれおそかれ早かれ、ロンドンへ帰って来られる状態に完全に立ち直るさ。帰ってきても、べつに不都合なことにはなっとらんだろう」
「私ならそうはしないわ」と大佐夫人が行った。「私ならあの人が十分に好き勝手な事ができるように綱をゆるめてやります。そうすれば、そのうち尻尾を巻いておとなしく帰って来ますよ。そして元の鞘に居心地よく納まりますわ」大佐夫人は妹の方を冷やかに見た。「きっとあんたは夫の操縦があまりうまくない時があるんだわ。男の人って風変わりなんだから、操縦術をまなばなきゃだめよ」
 大佐夫人もやはり女性共通の意見を抱いていた。つまり、男は横暴であって、自分を慕う女を見棄てる、しかし棄てられるのは女にも大いに責任がある、というのだ。「心は、理性の知らない理由を持っているものである」
 ストリックランド夫人は私達を一人ずつ順にゆっくりと眺めまわした。

いやあ 結構打ちましたね。いっぱい打つ練習をしているみたいですよ。
事の真相はともかく ここでは男の操縦法についてですね。
大佐夫人が言います「私ならあの人が十分に好き勝手な事ができるよう綱をゆるめてやります。そうすれば、そのうち尻尾を巻いておとなしくかえって来ますよ。そして元の鞘に居こごちよく納まりますわ」など。「心は、理性の知らない理由を持っているものである」これはどちらの言葉なんですかね。

写真はなぞっていきますとおもしろいもんですね。人は物を置きます、ぶらさげます。他に光があります、どこからきたんでしょうね。

《 2021.04.02 Fri  _  読書の時間 》