
『月と六ペンス』
こういう男には又、良心に訴えるという手も効きめは望めない。鏡もなしに物を映そうとするようなものだ。良心というものは、社会が存続するために作り上げた規則を、個人々々が守るように管理しているものであると私は解している。我々皆の心の中にでんとかまえて、我々が社会の法則を破らぬように見張っている巡査だ。自我の中央の要塞に座り込んでいるスパイだ。人間が仲間の賛成を求める欲望が非常に強く、仲間の非難をひどく怖れるあまり、自ら敵を門内に引き入れておくのだ。その敵は人間を見張り、自分の主人(社会)のためを思って、その人間の心の中に、民衆から離れようとする欲望が少しでも芽生えれば、それを踏みつぶしてしまおうと、たえず目を光らしている。自分個人の利益より社会の利益の方を重んずるようにしむける。それは個人を全体に結びつける非常に強いきずなである。そして人間は、自分個人の利益より大切であると自分自身を納得させた社会の利益に屈従し、自らを工事監督(良心)の奴隷としてしまう。工事監督を名誉席に就かせる。そして遂には、肩口に打ちおろされる王侯の杖にじゃれつく宮廷人のように、自分の良心の敏感さを自慢するようにもなる。そうなると、良心の権力を認めない人間に対して、身にこたえるだけの強い言葉を浴びせることができなくなるのだ。何故なら、今や社会の一員となっているこの男は、そのような人間に対しては、自分が全く無力であることを、ひしひしと感じるからだ。
ストリックランドが、彼の行為が当然ひきおこすであろうところの世の非難に対して、しんから無頓着であるのを知った時、私は殆ど人間とは思えない姿かたちの怪物でも見るように、空おそろしくなって尻ごみした。
私が別れの挨拶をした時、最後に彼は私にこう言った。
「エイミにおれのあとを追って来ても無駄だと行ってくれ給え。とにかく、おれはホテルを取り替えるから、見つけようたって見つからない」
「私の受けた印象では、奥さんはあなたと別れて、いい厄介払いをしたってとこですな」
「そうなんだよ、君、ぜひそこんところをあれに納得させてくれ給え。しかし女なんて、実に頭が鈍いからねえ」
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良心の権力について 彼は言っていますね。
良心というものは、社会が存続するために作り上げた規則を、個人々々が守るように管理しているものである。我々が社会の法則を破らぬように見張っている巡査だ。自我の中央の要塞に座り込んでいるスパイだ。人間が仲間の賛成をもとめる欲望が非常に強く、仲間の非難をひどく怖れるあまり、水から敵を門内に引き入れておくのだ。その敵は人間を見張り、自分の主人(社会)のためを思って、その人間の心の中に、民衆から離れようとする欲望が少しでも芽生えれば、それを踏みつぶしてしまおうと、たえず目を光らせている。自分個人の利益より社会の利益の方を重んずるようにしむける。それは個人を全体に結びつける非常に強いきずなである。そして人間は、自分個人の利益より大切であると自分自身に納得させた社会の利益に屈従し、自らを工事監督(良心)の奴隷としてしまう。工事監督を名誉席に就かせる。そして遂には、肩口に打ちおろされる王侯の杖にじゃれつく宮廷人のように、自分の良心の敏感さを自慢するようにもなる。そうなると、良心の権力を認めない人間に対して、身にこたえるだけの強い言葉をあびせることができなくなるのだ。何故なら、今や社会の一員となっているこの男は、そのような人間に対しては、自分が全く無力であることを、ひしひしと感じるからだ。
ストリックランドが、彼の行為が当然ひきおこすであろうところの世の非難に対して、しんから無頓着であるのを知った時、私は殆ど人間とは思えない姿かたちの怪物でも見るように、空おそろしくなって尻ごみした。
ああむずかしい。著者はストリックランドという男を通して この社会の仕組みに対して言いたいことがあるのですね。社会の一員であったストイックランドがそれからはずれるという事はこういうことなんだということなのかな、そして著者にとっては大切なところなんでしょうね
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しかくいかおです