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モームさん

スキャン4776.jpeg『月と六ペンス』

 私のホテルで、チャールズ・ストリックランドのすんでいるホテルのことをたずねてみた。オテル・デ・ベルジュという名だった。しかし管理人はそんな名のホテルは聞いた事もないというのに、いささか驚いた。ストリックランド夫人の話では、リボリ通りの裏の大きなぜいたくな所だというふうに聞いていたが。管理人と一緒に案内書で探してみた。そういう名のホテルはモアン通りに一つあるきりだった。その地区ときたら流行の先端を行くどころか、上品なところとさえも言えないのだ。私は首を振った。
「そんなところじゃないよ」と私は言った。
 管理人は肩をすくめた。その名のホテルはパリにはそこしかない。やはりストリックランドは現住所を隠していたのだな、ふとそのことに思いついた。私の知っているホテルの名を相棒に教えて、おそらくその相棒をかついだのだろう。カンカンに怒った株屋をわざわざパリに来させ、みすぼらしい通りにあるいかがわしい家までむだ足を運ばせることにストリックランドはユーモアを感じるのだろう、なぜか私はそんな風に思えた。それにしても、やはり、行ってたしかめるにこしたことはない。翌日の六時ごろ、モアヌ通りまで車をやり、曲がり角で降りた。ホテルまで歩いて行き、中に入る前に外観を見たかったからだ。貧乏人相手のっぽけな店の並んだ通りだった。そしてその中ほどの、行く手の左側に、オテル・デ・ペルジュがあった。私のホテルだって結構つつましいものだったが、しかしこのオテル・デ・ペルジュとくらべれば豪華なホテルということになる。オテル・デ・ペルジュは丈の高い、みすぼらしい建物だった。長年ペンキなど塗っていないにちがいない。そこがあまりにうすぎたない様子なので、両側の家々が小ぎれいに見えるほどだった。汚れた窓は全部閉じていた。まさかこんなところでチャールズ・ストリックランドが名誉も義務もなげうったほどの見知らぬ美女とともに罪深き豪華な暮らしをしていようはずがない。私は腹が立った。バカにされたと感じたからだ、そしてすんでのところでたずねもせずに立ち去ろうとした。私中に入ったのはただ、ストリックランド夫人に向って、できる限りのことはしました、と言えるためだった。

彼はパリに行きましたね。そこでわかったことは、それはうすよごれたオテル・デ・ベルジュでした。
こんなホテルで美女と豪華な暮らしをしているとはとても思えません。帰ろうかと思いましたが夫人との約束を思い出し中に入ってみることにします。

チッシュも加わった 偶然ものがたり
美女とおじさんにも みえなくはないでしょう?
《 2021.03.16 Tue  _  読書の時間 》