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モームさん

スキャン4775.jpeg『月と六ペンス』

 旅行の間、私は自分の使命について、一抹の疑惑を抱きながら再び考えてみた。ストリックランド夫人の悲嘆にくれる姿を見ないですむ今になれば、事態より冷静に考えることができる。夫人の態度に矛盾した
ものがあるのは、どうも解せない。あの人は非常に不幸せなのだ、ところが私の同情をそそるために自分の不幸を見せびらかすこともできる。泣いてみせようとあらかじめ考えていたことは明白だ、何故ならハンカチを充分に用意してあったから。夫人の行きとどいた考えには感服するが、ふり返ってみると、どうも夫人の涙がさほど胸を打たなくなるような気がする。はたして夫人は夫を愛するが故に帰ってきてほしいのだろうか、それとも人の噂がこわいからだろうか?或は、夫人の打ちひしがれた心の中で、侮辱をうけた愛の苦痛に、若い私にはけがわらしく思われる傷つけられた虚栄心の苦痛が入りまじっているのではなかろうか、という疑惑に私の心は乱された。その頃の私は人間性がいかに矛盾に富んだものであるかを知らなかった。真面目な人の中にいかに多くのてらいがあるか、けだかい人の中二いかに多くの下碑たものが含まれているか、又、堕落した者の中にいかに多くの善さが含まれているかをまだ知らなかったのだ。
 しかし私の旅行にはいささか冒険めいたところがある。パリに近づくにつれて私の意気は上った。私は劇的な観点から自分自身を眺めさえした、そして踏み迷った夫を寛大な妻のもとへ連れ帰る信頼されたる友人の役割が気に入っていた。ストリックランドに会うのは翌々日の晩にしようと心にきめた、それというのも時刻は慎重に選ばなくてはならんぞと本能的に感じたからだった。相手の心を深くゆり動かそうというからには、昼食前ではとうてい効めはなさそうだ。その頃の私自身の頭はたえず愛の問題で一杯だったが、それにしてもお茶もすまないうちから結婚生活の幸福を思い画く事はできなかった。

彼は旅行の間 夫人の今までの言動を思い浮かべていますね。
彼女は本当に夫の事を愛しているのだろうか。それとも世間の噂がこわいのだろうか とか。疑い出すとその夫人の涙でさえ疑わしく思えてしまう。
傷つけられた虚栄心の苦痛

「その頃の私は人間性がいかに矛盾に富んだものであるあるかを知らなかった。まじめな人の中にいかに多くのてらいがあるか、けだかい人の中にいかに多くの下卑たものが含まれているか、又、堕落した者の中にいかに多くの善さが含まれているかをまだ知らなかったのだ」
そうですか ふっと 自分を見ていることに気づくのでした
人間性がいかに矛盾に富んだものであるか そうですね 

縮んでしまったセーター。写真の中で存在感をとどめていますね。 



《 2021.03.12 Fri  _  読書の時間 》