母の自伝
つづき
また 師範学校は髪型まできめられていて オサゲ髪は禁止されていた
長い髪をまげにして ちゃんと結ばねば叱られた
みんな大きなまげをつくって いろいろな形にして 僅にていこうしていた
然しこんなきびしい中をだんぜん ていこうした人が一人あった
その人は家庭のきびしい家に育った人らしかったが それにていこうし
両親より師範の先生にあづけられていた
その先生は 後にみんなで鬼婆とあだなをつけられるくらいの先生
いつもめがねごしに にらまれるとみんなちぢみあがった
その人は(生徒) 或は髪をバッサリ切って おかっぱさんにして
その上に小さいリボンをちょこんとつけて ゆうゆうと歩いていた
みんなあっけにとられるやら その勇気にはくしゅするやら テンヤワンヤのさわぎになった
鬼婆先生益々にがい顔して居られたのを 思い出す
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鬼婆先生と おかっぱ頭の生徒とのやりとりは どんなだったんでしょうね 母は そんなできごとに 目を見張りつつ じつは楽しんでいたんでしょうね
お客さんは おかっぱ派 それとも まげ派?