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母の自伝

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弟の事

順調な波はいつまでも続かず 大きな工事をしたのに支払いしてもらえず
破産の状態になり 無一文で岡山から神戸へ出た
こんなことでへこたれる弟ではない
バラックの家から立ち上がり 大変な苦しみを経て コンリートの工事をやって軌道にのせ各地に足場を作って次第に仕事を拡張し遂に立ち上がった

弟は音楽好きで学生時代から古物屋でいろいろの楽器をかってきて吹いたりたたいたりしていた
バイオリンは左ききだったので 糸を張りかえてひいていた
ピアノがひきたいといって 私の学校まで時々きてひいた
どんな楽器でもきように使いこなした
笛あり マンドリンあり バイオリンあり その他いろいろな楽器があったように思う
また たいへんきちょうめんで引き出しの中はきちんと整理していて
私が何か借りようと思って かきまわすと すぐわかって 人のものをさわらんといてといっておこった
親孝行なのははたからみても おかしいほど 母を大切にして羨ましいほど仲良しだった
また就職してからは休みの時に学校に尋ねてきて 姉さん今日はごちそうしてやるから早く学校をおいて出かけよう と誘ってくれた
大きなおいしい部厚いビフテキを ハナセだったかな店を忘れたけど 
新開地の方でおごってくれた
本当に美味しい肉だった
私は家へ帰ってもこのおいしいビフテキを食べた事をだれにもいわなかった 心の中で ドンナモンダイといって手をたたいていた


いろいろありますねえ
おじさんの家庭にも 嵐や気まずい変化があったはずです 
それでも 母は弟の悪口を言う事は ありませんでした
子どものわたしは そういう母をじっと 見ていました
結婚をするのは 相手を第一に思う事ちゃうのん だとか
おじちゃん そこのところは おかしんちゃうのん だとか
いたずら坊主の孫の世話をしている(母が勤めている間) おじいちゃんおばあちゃんの(父方の)気持ちもわかるわ 
しかし
私も だんだんに経験して これは(自叙伝は)母の 本音の文やんと思うようになるのでした 
ビフテキのおいしいのを 弟とこっそり食べたからといって そりゃあ 家で みんなの前でいわん方がいいに決まってるやん とね

写真は母とは関係ないのですが 母の子供の 私による風景です
《 2020.07.24 Fri  _  思い出 》