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母の自伝

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弟の事

その頃私は結婚問題があったが 弟が卒業するまではしないといって
ことわっていたが どんな条件でものむというので とにかく弟が卒業するまで十円ずつでも弟にわたすということ それまでにも私は卒業以来賞与はすべて今まで世話になった長兄に送った
弟ががっこうにはいってからは 兄の了解を得て 全部弟にまわした
最初には弟の好きだった絵の道具を買ってやった
色々な条件を納得して後に気をのこしながら結婚した
月給日には主人と共に弟に金を渡すために母と弟のいる下宿屋にいった
いつでも母はおいしいマゼゴハンをつくってまっていてくれた
こんなくるしいなかで 弟もきびしい学生生活を終えた
卒業の時に弟の製図したものが玄関にはり出されていたのにかんげきした
私はやっと重荷を下ろしたように安心した
これで姑にもきがねすることもなし 時には自分でかせいだ金だ たくさんやってもよいではないかと心のうちに思って はんぱつしていた

弟は岡山の( )につとめたが 体質に合わなかったのか 当時岡山で盛大にやっていた建築会社に養子にいった
その時結納金などいらぬといってもらわなかったそうだが 母はゆいのうきんくらいもらったらよいのにといっていた
弟は自分が言い出したらてこでも動かぬがんこなところがあった
そこで自由に腕をふるい大きな建築をいろいろ設計して 岡山のかぶきざ
もてがけたといっていた つづく


なかよくくらしていた兄弟とお母さん
こんどは母の結婚 弟や長兄への学資や長兄へのいままでのお礼など
変化を迎えて行きます
弟は学校を終え 仕事に入ります そして建設会社のむこにはいります
あのてるのおじさんが むこにはいる 大丈夫かなあ などと想像しながら
しかし仕事は順調にすすみます
母も嫁入り先でも 反発を覚えたり けっこう嫁姑のひばなはちりますなあ どこでもある話は ここでもあったのです
母はやわなよめではなく 30過ぎまで嫁に行かなかった理由が 弟の学資のためだったわけですね
どんな条件でものむといった父方は 母の事をよほどきにいったらしく
父が母を気に入ったのかなあ このことは聞き忘れていましたよ

《 2020.07.23 Thu  _  思い出 》