君たちは知らないだろうなぁ
ずいぶん前の話になるが そこには 古くてかたむいた
アトリエがあったんだ
そのアトリエの向こうにあった木
その木は すばらしく 男らしかった
木は 風が吹いても
春に緑の葉をつけても
愛らしい花を咲かせても
だまってさ
考える人かなんかのように
そこにいるんだ
雨の日には
真っ黒な木になる
だからよくスケッチさせてもらったり
クレパスで描いたり
おなじポーズの寡黙な男前を
その土地を離れてから
30年近くになるかなあ
ちょっと奥には入った所にあったんだけどね
太った奥さんのやっている店を通り過ぎてね
店はなかった
で そのアトリエもなかった
男前の木は のこっていたのだろうか
いつも 傾いた窓からしか見たことなかったからなあ