こころ 先生と遺書 夏目漱石 つづき
しかし私の動かなくなった原因のおもなものは、まったくそこにはなかったのです。
叔父に欺かれた当時の私は、ひとの頼みにならないことをつくづくと感じたには相違ありませんが、ひとを悪くとるだけあって、自分はまだ確かな気がしていました。世間はどうあろうともこのおれはりっぱな人間だという信念がどこかにあったのです。それがKのためにみごとに破壊されてしまって、自分もあの叔父と同じ人間だと意識した時、私は急にふらふらしました。人に愛想を尽かした私は、自分にも愛想を尽かして動けなくなったのです。