こころ 先生と遺書 夏目漱石 つづき
『奥さんKは自殺しました』
奥さんはそこに居すくまったように、私の顔を見て黙っていました。その時私は突然奥さんの前に手を突いて頭を下げました。『すみません。私が悪かったのです。あなたにもお嬢さんにもすまないことになりました』とあやまりました。私は奥さんと向かい合うまで、そんな言葉を口にする気はまるでなかったのです。しかし奥さんの顔を見た時不意に
我とも知らずそう言ってしまったのです。Kにあやまることのできない私は、こうして奥さんとお嬢さんにわびなければいられなくなったのだと思ってください。つまり私の自然が平生の私を出し抜いてふらふらと懺悔の口を開かしたのです。