ふぁいるを アトリエからひっぱりだしてきて 読み直すのが
きょうこのごろの 日課です
ふぁいるは たくさんあります
手が触れた所のものを もってきます
きょうは8月の5日 偶然に このスケッチブック(ファイルと同じ)
は 広島にげんしばくだんおちる 1945年 8月6日にちかいです
つづきをよんでみましょう
おばあさんは しにました
おかあさんも しにました
町の人も しにました
おとうさんも しにました
みんな みんな しにました
おじいさんも しんでしまいました
ぜんぶ しんでしまいました
*
広島にげんしばくだんおちる
小学四年 田村武司
1945年
八月六日のできごと
ぼくは道で あそんでた
ピカーッ ドン
ぼくは びっくりした
かいだんをのぼった
おかあさんが 庭でまっていた
ぼくは三つ
おかあさんにだかれて
ぼうくうごうにはいった
空ではひこうきがとんでいる
夜になった
ねえさんは帰ってこない
朝 学校にいったままで
学校で
ぼうくうごうに はいっているか
しんでいるか
ぼくは かなしくなった
ほほに なみだが流れる
ぼくは しんぼうしてなかなかった
*
無題
小学5年 迫田 知昭
ぼくは 食事中だった
目の前がしゅん間に青くなり
上の方から くずれだした
どこからか母の声
ばくだんと気がついたのは
後だった
血まみれの顔、手、足
外にいないでよかったと思った
そのあくる日
長い長い道を歩いて、
佐伯郡のいなかへ行った
これが せんそうかなと思った
平和よ いつまでも戦争にまけるな
*
原子爆弾
小学六年 岡本俊雄
ピカッと 光った
それから何もわからなかった
母も妹もみんな家のしたじき
になって 死んでいた
僕は よその人に たすけられた
頭をかかえて
なきなき にげた
血が べっとりと 顔にながれて
眼が見えなくなった
日本は負けた
平和な日本になった
けれども母も妹もいない
なんだかなさけなくてさびしい
学校でたのしく 勉強しているとき
ふっと母や妹のことを思い出す
*
わたしは このところ あついあついと キャンデーを
食べたりしています
こんな暑い時に 原爆はおちてきて
そう思います
まえにも
この詩の 同じスケッチブックが出て来たことがあります
その日も 八月六日に近かったことを おぼえています