こころ 両親と私 夏目漱石 つづき
ー私はその時また蝉の声を聞いた。その声はこのあいだじゅう聞いたのと違って、つくつく法師(ほうし)の声であった。私は夏郷里に帰って、煮えつくような蝉の声の中にじっとすわっていると、へんに悲しい心持ちになることがしばしばあった。私の哀愁はいつもこの虫のはげしい音(ね)とともに、心の底にしみ込むように感ぜられた。私はそんな時にはいつも動かずに、一人で一人を見つめていた。
私の哀愁はこの夏帰省して以後次第に情調を変えてきた。油蝉の声がつくつく法師の声に変るごとに、私の取り巻く人の運命が、大きな輪廻のうちに、そろそろ動いているように思われた。ー
蝉の声 子供の時から 変る事なく耳にする声 哀愁というのは こういう時に使うんだと