高校生の時の絵です
私が16歳ぐらいの時に描いた この絵を見て こう言われたことがあります
私が やはり大人になってから 言われたんですが
ーとてもとても 16歳でこんな絵が描けていたなんて やはりちがいますねー
そんなとき うれしくもありますが そうだろうか とも思います
その人は ご自分が16歳の頃のことを もう忘れてしまっただけじゃないのかと
その頃のことは覚えていますし いい絵を描く人たちはいましたし
自分はその頃 うまい絵と どこか自らが心に触れた絵とを 区別しはじめた時期でもありました それが個性というものだとも 思いました
この絵は 目を細めて木や植物を見ますと これが新しい そんなのが個性
ほかにも いろいろ考えたり 発見したりしようとしていましたね
このように 人は 自分なりのものを描こうとして 努力したりやっきになったりするものでしょうね
これは 別のことですが
まえのように 描けなくなった どうしてあんなふうに描けていたのか 思い出せないんだよ まるでコンピュターに保存していたものが初期化してしまったようなことを
言い出す子もいます
そうなると 自分も16歳の頃の絵がそのまま描けるのかと言うと 無理でしょう
技術的なものもあるかもしれませんが そのとき発見したことは そのときのもので
それでわくわくしたのも その時のものだからです
その時を思い出せないと言った子は その時がかなりいいものが描けていたという
気持ちが あるんでしょうね
そこでまた 自分は 思うのです
その彼の なかなかの絵を 目指せばいいんじゃないの? 自分も できないといっていないで 目指してみようかな やりがいがありそうだな
私は 今ずっと 自分のやって来たことをこのように振り返ること をやっているのですが ともすれば 振り返るということは 前進をさまたげる 懐古趣味のように思われがちです
でも このことに関しては私は そうは考えていません
それと同じように 彼が 自分のとびきりの絵を再度目指すことは ありだと思います
私は 50ぐらいまでとにかく脇目も振らず 生み出す作業をやっていました 子供じゃないですよ 絵とかオブジェだとか
しかしそれも いいかげんのところで とまって 自分はいったいどんなことに夢中になって来たんだろうと振り返ってみようとした訳です
それはしごく普通のことで やっていみてよかったなあと思います
自分は どんだけくちゃくちゃやってきたのか まだ終わる気配はありません
みなさん 前進してくださいよ しかし そればかりがおもしろいことじゃあありませんよ
あの子は病気して その後 再び絵が描けるようになった
めざす かっての絵は 病気前のものである そう思ってもいいのではないでしょうか
われわれも 彼が無駄に 振り返ることに時間を費やしている などと 思うことはないのです
目指す所が過去の自分にあり
そのまえに 黙ってること お口にチャック