「こころ」夏目漱石 先生と私 つづき
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無遠慮な私は、ある時ついにそれを先生の前に打ち明けた。先生は笑っていた。私はこう言った。
「頭が鈍くて要領を得ないのはかまいませんが、ちゃんとわかっているくせに、はっきり言ってくれないのは困ります」
「私は何にも隠していやしません」
「隠していらっしゃいます」
「あなたは私の思想とか意見とかいうものと、私の過去とを、ごちゃごちゃに考えているんじゃありませんか。私は貧弱な思想家ですけれども、自分の頭でまとめあげた考えをむやみに人に隠しやしません。隠す必要がないんだから。けれど私の過去をことごとくあなたの前に物語らなくてはならないとなると、それはまた別問題になります」
「別問題とは思われません。先生の過去が生み出した思想だから、私は重きを置くのです。二つのものを切り離したら、私にはほとんど価値のないものになります。私は魂の吹き込まれていない人形を与えられただけで、満足はできないのです」
先生はあきれたと言ったふうに、私の顔を見た。巻煙草を持っていたその手が少しふるえた。
「あなたは大胆だ」
「ただまじめなんです。まじめに人生から教訓を受けたいのです」
「私の過去をあばいてもですか」
*
「あなたは私の思想とかいうものと、私の過去とを、ごちゃごちゃにかんがえてるんじゃありませんか」
先生 私もこんなふうで ごちゃごちゃに考える時がありますよ
お客さんはどうです?
まさに 自分はそんなだから 夏目漱石の思想は 胃潰瘍の夏目漱石とつながっていると
思うんじゃないでしょうか