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こころ 夏目漱石

「こころ」 夏目漱石 先生と私 つづき

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 「これでも元は財産家なんですよ、君」と言い直した先生は、次に私の顔を見て微笑した。私はそれでもなんとも答えなかった。むしろ不調法で答えられなかったのである。すると先生がまた問題をよそへ移した。「あなたのお父さんの病気はその後どうなりました」
 私は父の病気について正月以後なんにも知らなかった。月々国から送ってくれる為替とともに来る簡単な手紙は、例のとおり父の手跡(しゅせき)であったが、病気の訴えはそのうちにほとんど見当らなかった。そのうえ書体も確かであった。この種の病人に見るふるえが少しも筆の運びを乱していなかった。
 「なんとも言ってきませんが、もういいんでしょう」
 「よければ結構だが、ー病症が病症なんだからね」
 「やっぱりだめですかね。でも当分は持ち合ってるんでしょう。なんとも言ってきませんよ」
 「そうですか」
 私は先生が私のうちの財産を聞いたり、私の父の病気を尋ねたりするのを、ふつうの談話ー胸に浮かんだままそのとおり口にする、ふつうの談話と思って聞いていた。ところが先生の言葉の底には両方を結びつける大きな意味があった。先生自身の経験をもたない私はむろんそこに気がつくはずがなかった。
《 2019.03.27 Wed  _  読書の時間 》