「こころ」 夏目漱石 先生と私 つづき
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それからの私はほとんど論文にたたられた精神病者のように目を赤くして苦しんだ。私は一年前に卒業した友だちについて、いろいろ様子を聞いてみたりした。他の一人は五時を十五分ほどおくらして持って行ったため、あやうくはねつけられようとしたところを、主任教授の好意でやっと受理してもらったと言った。私は不安を感ずるとともに度胸をすえた。毎日机の前で精根のつづくかぎり働いた。でなければ、薄暗い書庫にはいって、高い本棚のあちらこちらを見回した。私の目は好事家(こうずか)が骨董でも掘り出すときのように背表紙の金文字をあさった。
梅が咲くにつけて寒い風はだんだん向きを南へかえていった。それがひとしきりたつと、桜の噂がちらほら私の耳に聞こえだした。それでも私は馬車馬のように正面ばかり見て、論文に鞭たれた。私はついに四月の下旬が来て、やっと予定どうりのものを書き上げるまで、先生の敷居をまたがなかった。
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この学生の 知恵のめぐらせ方のおかしいこと こんな風にやるとどんな論文になったのかなあ
ー毎日机の前で精根の続く限り働いた
梅が咲くにつけて寒い風はだんだん向きを南へかえていった。それがひとしきりたつと、桜の噂がちらほら私の耳に聞こえ出した。それでも私は馬車馬のように正面ばかり見て、論文に鞭たれた。ー