「こころ」夏目漱石 先生と私 つづき
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これは私の胸で推測するがものはない。先生自身すでにそうだと告白していた。ただその告白が雲の峰のようであった。私の頭の上に正体の知れない恐ろしいものをおおいかぶせた。そうしてなぜそれが恐ろしいか私にもわからなかった。告白はぼうとしていた。それでいて明らかに私の神経を震わせた。
私は先生のこの人生観の基点に、ある強烈な恋愛事情を仮定してみた。(むろん先生と奥さんとのあいだに起こった。先生がかって恋は罪悪だと言ったことから照らし合わせてみると、多少それが手がかりにもなった。しかし先生は現に奥さんを愛していると私に告げた。すると二人の恋からこんな厭世に近い覚悟が出ようはずがなかった。「かってはその人の前にひざまずいたという記憶が、今度はその人の頭の上に足を載せさせようとする」と言った先生の言葉は、現代一般のだれかれについて用いられるべきで、先生と奥さんのあいだにはあてはまらないもののようでもあった。
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言葉を紡いで行く事のできる人が 作家だとしたら この文は 感情に流される事なく
数学のように(一番弱い分野です)あてはめてあるのではないかと