「こころ」夏目漱石 つづき
九
妙に不安な心持ちが私を襲ってきた。私は書物を読んでものみこむ能力を失ってしまった。約一時間ばかりすると先生が窓に下へ来て私の名を呼んだ。私は驚いて窓をあけた。
先生は散歩しようと言って、下から私を誘った。さっき帯の間へくるんだままの時計を出して見ると、もう八時過ぎであった。私は帰ったなりまだ袴を着けていた。私はそれなりすぐ表へ出た。
その晩私は先生といっしょにビールを飲んだ。先生は元来酒量に乏しい人であった。ある程度まで飲んで、それで酔えなければ、酔うまで飲んでみるという冒険のできない人であった。
「きょうはだめです」と言って先生は苦笑した。
「愉快になれませんか」と私は気の毒そうに聞いた。
私の腹の中にはしじゅうさっきの事がひっかかっていた。肴の骨が咽喉に刺さった時のように、私は苦しんだ。打ち明けてみようかと考えたり、よしたほうがよかろうかと思い直したりする動揺が、妙に私の様子をそわそわさせた。
「君、今夜はどうかしていますね」と先生のほうから言いだした。「じつは私も少し変なのですよ。君にわかりますか」
私はなんの答えもしなかった。
「じつはさっき妻と少し喧嘩をしてね。それでくだらない神経を興奮させてしまったんです」と先生がまた言った。
「どうして...」
私には喧嘩という言葉が口へ出てこなかった。
「妻が私を誤解するのです。それを誤解だと言ってきかせても承知しないのです。つい腹を立てたのです」
「どんなに先生を誤解なさるんですか」
先生は私のこの問に答えようとはしなかった。
「妻が考えているような人間なら、私だってこんなに苦しんでいやしない」
先生がどんなに苦しんでいるか、これも私には想像の及ばない問題であった。
*
少しずつ こういうふうにして 本を読むのは 私にはうれしいことです。
感想文もなかなか書けませんよ。少しずつだからどう書いていいのかわからないのです。
名作という言葉がありますが それもわかりません どこがどう名作なのか。
「先生と私」(こころという本の中)は三十六まであります。えっ こんなちびりちびりじゃ どのくらいかかるの? そういわれそうですね。
お客さん ゆっくりことをすすめてみるのも ときにはいいのではないですか?