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こころ 夏目漱石

「こころ」夏目漱石 つづき


 私の知るかぎり先生と奥さんとは、仲のいい夫婦の一対(いっつい)であった。過程の一員として暮らしたことのない私のことだから、深い消息はむろんわからなかったけれども、座敷で私と対座している時、先生は何かのついでに、下女をよばないで、奥さんを呼ぶことがあった。(奥さんの名は静といった)先生は「おい静」といつまでも襖の方を振り向いた。その呼びかたが私には優しく聞こえた。返事をして出て来る奥さんの様子もはなはだ素直であった。時たまごちそうになって、奥さんが席に現れる場合などには、この関係が一層明らかに二人の間に描き出されるようであった。
 先生は奥さんをつれて、音楽家だの芝居だのに行った。それから夫婦づれで一週間以内の旅行をしたことも、私の記憶によると、二、三度以上あった。私は箱根からもらった絵はがきをまだ持っている。日光へ行ったときは紅葉の葉を一枚封じ込めた郵便ももらった。
 当時の私の目に映った先生と奥さんの間柄はまずこんなものであった。そのうちにたったひとつの例外があった。ある日私がいつものとうり、先生の玄関から案内を頼もうとすると、座敷の方でだれかの話し声がした。よく聞くと、それが尋常の談話でなくって、どうもいさかいらしかった。先生の家は玄関の次がすぐ座敷になっているので、格子の前に立っていた私の耳にそのいさかいの調子だけはほぼわかった。そうしてそのうちの一人が
先生だということも、ときどき高まって来る男のほうの声でわかった。相手は先生よりも低い音(おん)なので、だれだかはっきりしなかったが、どうも奥さんらしく感ぜられた。泣いているようでもあった。私はどうしたものであろうと思って玄関先で迷ったが、すぐ決心をしてそのまま下宿へ帰った。


あけましておめでとうございます。
ぴーさん 夏目漱石の伝記を読んでるんですね。実家の本箱で待っていてくれたんですね
そういうことありますよね
今日はこれで終わりにしようかな
《 2019.01.01 Tue  _  読書の時間 》