who am ?I

PAGE TOP

  • 12
  • 09

大きい荷物 吉行淳之介

「大きい荷物」吉行淳之介 つづき

四 おわり

結婚してしばらくして、妻の左手の甲に赤い爛れができた。それがしだいに拡がってゆくので、病院へ行った。薬を塗ったり、注射したりしたが、効き目がない。
 左手の甲の全部が爛れてきて、爪を囲む皮膚まで赤くなり、手首のほうにも拡がってゆく。
 結婚して三年、爛れは肘にまで達した。
 結婚生活を送りはじめて間もなく、妻は夫とのあいだに微かな違和感を覚えた。それは、日が経つにしたがって、しだいに強くなってきた。ついにはこの結婚は失敗だった、と妻はおもうようになったが、辛抱して生活をつづけていた。
 五年が過ぎたときには、妻の左腕のすべてが赤く爛れた。片腕が真赤になった。そのころ、妻はこの結婚生活に、もう我慢ができなくなった。
 その夫婦は離婚した。
 もう妻ではなくなったその女は、左手の薬指から結婚指環を抜き取った。その瞬間に、なにかが軀の芯で弾けたような、軀が僅(わず)かだがしかし鋭く傾(かし)いだようにおもえた。
 その時から、左腕の真赤な色が褪(あ)せはじめた。翌日、目覚めたときには、左腕の全部が元通りの健康な皮膚になっていた、という。
 心因性のアレルギー皮膚炎に妻は罹(かか)っていたのである。夫の存在が指輪のかたちになって指と心を締めつけ、それがアレルギーを引起す原因になっていた....。
 黄色い手帖の別の頁に、こういう二行もあった。
『物真似の男。
 タクシー運転手』
 しかし、この二行については、今のところなにも分らない。


不思議な話
真赤な腕を想像しながら 読んだ
『指輪
 片腕の爛れ』
この二行からの 話だ
三十年も前のメモ
そして あっさりと なにごともなかったように
『物真似の男
 タクシー運転手』

ここらへんで 吉行淳之介さんは おわりにします
《 2018.12.09 Sun  _  読書の時間 》