「大きい荷物」吉行淳之介 四
四
家に戻ると、買ったばかりの手帖を机の上に置き、すぐにベッドに横たわった。しばらくすると疲れが取れてきて、一冊目の手帖を見たくなった。
今は、昭和六十三年の六月である。もう十年近く使っていないが、在り場所は分っている。整理箪笥の引出しから、その手帖を持ってきた。黄色い布製だが、古びて汚れている。
表紙には、MEMORANDUMという文字が黒く捺してある。案外あちこちにメモが記してあるが、大雑把な使い方をしている。四人の友人の名と電話番号が、黄色い扉のところに書きつけてあったりする。そのうちの一人は、故人になっている。
原稿のための筆記具は、はじめの十五年ほどは万年筆で、そのあと4Bの鉛筆になり、ボールペンに変り、また2Bの鉛筆になった.。それに、今でも万年筆を使うこともある。
手帖の文字のほうは、万年筆とボールペンの二種類しかないので、その文字を記した時期の見当がつきやすい。万年筆は、パイロット、シェーファー、モンブランと使ってきた。その筆跡によって、その種類が分る場合もある。そうなれば、時期が一層はっきりしてくる。
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この わたくしごとは 本人にはちょっとした喜びだろうな
黄色い MEMORANDUMには 記憶のカギがある
箪笥の中
万年筆は パイロット、シェーファー、モンブラン(いっしょやん)
インクの出の悪い時期は 冬だっけ 夏だっけ?
ボールペンを使いはじめると ペンのように気を使わなくなる
でも だまができるのが 難点
とよけいなことまで
日記を書いていた私は おもわず うんうんと うなずいている