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1982年日記より

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「ふーちゃんも 学校に行く おべんとう スパンクのに入れてなあ」
上の二人が小学校にいっているので とくに姉のはるが 一年生になって
ふーはさびさがることしきりなのだ。
「よし お弁当入れたろ お兄ちゃんやお姉ちゃんと同じようにな」
そういうわけで 私はふうの弟を乳母車にのせ ふうはリュックを
せたろわして そこらへんを散歩することになった。
ところが 家のかぎがなかなかしまらない しかたがないので
ラジオをつけて あけっぱなしでいくことにした
すぐ返って来る予定だからだ
あけっぱなしだとさらに
ふうはちかくで買ったすなっくがしを 立ち止まっては食べている
ジュースものみおわった
そこで わたしがふうに 「帰ろうか おうちにドロボーが入ってると困るからね」と言うと 「いやや がっこうできゅうしょく たべへんもん(たべてないもん)
そういってごねはじめる
「え それ あんな ふうちゃんのおもちゃ とられてしもてもいんか?」
わたしがそうおどすと
「あかん」

「ほんならかえろう」と言って 帰りはじめる
ここらへんは 立派な一軒家や むかし懐かしい感じの家がある
この家に引っ越して来る前は 路を挟んで 築17年の 五こいちの家がならんでいて
親やこどもたちやおばあちゃんがいて 道は立ち話の場所だった。 
あけっぱなしで どろぼうとか そんな心配はあまりしなかった。
ここの家は 前の家よりは キンモクセイのある庭があり 車一台はいる空間もある
石柱が二つあり 近所と仲良くなるのは はやかったとはいえ 散歩に出る時は かぎぐらいしめたかった。

7年後には ここは道路になる所らしい それなのに新築の家もある
何年も使えそうな家と7年という数字が どうも理屈に合わない。
それでもうちの家は いったん人が買った家で そのまま入らずにそのままにしてあったので 格安ということで 義姉が 探してきてくれた。のみがいるかもしれないというので まず ばるさんをたいた。
私は 生まれて間もない男の子をかかえて ぼーっとしたまま この家にやって来た。

散歩の話に戻る
「ふうちゃん どろぼうは入ってなかったかな」と私は玄関を開けて 家の中をのぞいてる。
ふうは 「くちゅ(くつ)ぬいでないやん。くちゅないから来てないんやわ」
そう言った。

***

これは1982年の日記 ふうは3歳ぐらいだろうか 
そのころの私の日記は 子どもたちと散歩を日課にし 4人のこどもたちと
どなったり ごはんつくったり せんたくものをほしたり 階段を上がったり下りたり
していた。いま 「おまえさん ひきこもってるなあ」と言われることもあるけれども
考えてみれば その頃は 健康的な生活だったのかもしれない。
こどもに 引っ張り出されていたというわけかも

 昼間の余りの暑さに もう冷房をつけた部屋で この日記を読んでいる
こどもをどなりちらしているところは 見苦しいと思うけれど こんな
小さい子どもの 言ったことは のこってていいなあと 笑いながら思う。
ミッキーという犬を 外でかいはじめたのは もう少しあと
そうなると かぎをかけるのはやめた

上の絵は 水の中の 金魚ってところかな
水の中に 赤い金魚を見つけると こころがさわぎますよね


《 2018.08.02 Thu  _   》