フイルム入りのカメラによる 写真です
こんな風に説明しなくてはいけなくなる時代が来るなんて
わたしは そのカメラが 具合がわるくなって いろいろ
なおそうとも考えたんですけど やめることにしました
とっても残念でしたよ 素人とはいえ ずっと何枚も
撮り続けてきましたからね
もう 次はないなあともね
ところが しばらくすると 娘が ケイタイで写真が撮れて
パソコンに送れる方法を 教えてくれると あっさりと
きりかえて やってます
レコードがCDになったときも そんな感じでした
ところで この写真はいったい なんなんでしょうね
とても小さなもので くつなんかじゃありません
いちおう いいなと思って写してる筈ですから
なんでしょうね
なにかわからないのに ここにアップするのも
なんだかおかしいですか?
それはね 自分はね 「写真はみんな 顔を出させよう」
と 思っているからなんです
話は変わりますが 自分は いいかげんのところで
この世を去りたいなんてこと よく思ってるんです
ところが やってることといえば いいサプリメントの話を
聞けば 買い求めるし シミが消えるとなれば 誕生祝いは
それお願い などと これ 思ってることと あわないと
つまり写真のことだって 寿命のことだって
思ってることとやってることが 一致しないということでは
同じようなもんなんですよね
なんだろ この写真