who am ?I

PAGE TOP

  • 02
  • 09

ツキ

スキャン3424.jpeg
「日々」 NEKO美術館発 1985 36歳

この話は こうつづくのです。いまの私は 68歳 32年も前の話です。

一風かわっていた。
アクセサリーは たとえば 草の根にブローチのピンをつけてみた。
草の根の細かい血管のようなところが 自然は こんなものなのかと
感心したからだ。所々土もついているけれど これも よしとしよう。
つまり 彼女のアクセサリーは 誰がそんなものを胸元にかざるのだろう
そんなものが多かった。
300以上もある アクセサリーを見ると 夫は あきれていた。
サラリーマンをやめて 画家宣言をしたばかりなので 内心将来の不安もあり
このとても売れそうにない物を作る妻に どういっていいのか。
妻は この才能で ここのところは 夫を助けようと はりきっている。
「あのね」妻はそんな夫にぼそっと言う「材料費は 案外かかってへんのよ」

夫婦と5人の子どものいるこの家族は 画家になったばかりの夫が 個展をしたり 肖像画を描かせてもらったりして なんとか くらしていた。
だいたい 夫婦は お金はすぐになくなるものだということは 実感としては
わかっていなかった。毎月給料が入ってくることと 一時的に入ってくるのとでは
だいぶちがうということも すぐに思いしらされるはずだった。

ところが 夫婦は子どもが小さくて忙しかったり アクセサリーに知恵を絞ったりで
案外 明るくやっていた。「フーフー通信」には 夫婦の貧乏生活ぶりを書いて 知人や出版社などに送ってもいた。文字通りフーフーの生活ぶりは かなり力が入っており
このことでも 読者の反応で 元気をもらっていた。 
これは戦後生まれで 生活の苦労もあまりせずにきた わかってないところが そうさせていたのかも。

つまりは気楽な夫婦だったのだ。

しかし夫婦2人とも 気楽だったわけではなさそうだった。
本当は 夫の方は 5人の子どもと妻をまえに 頭を抱える時もあったのだということが
この「ツキ」「おちたような気がする」のことばのなかに あらわれている。
このような 占いめいたことばを つかうような夫ではないと 妻はつい笑ってしまったのだが。

「ねえ やっと楽しみを見つけたのよ わたし。子ども5人よ。運のツキがおちたやなんて いややわぁ」

しかし 夫はその言葉をはらいのけるように こう言ったのだ。
「いや こういうことはあるもんや」
そして頭をかきむしるようにして
「オイ 散髪してくれへんか」と言った。

妻は散髪道具 袋にまとめて入れてあるのだが 引っ張り出してきて ビニールの
こどものよだれかけのようなものを 夫の首に巻いた。

話はこれだけである。

***

あれから 32年もたったのだ。
夫は じつは ついていた。
妻も かなり 思い通りに やってきた。
妻は しかし この36歳の時の明るさやら 楽観的なところは
だいぶ 減っていると感じている。この盛り上がりに欠けるのは 
なにのせいだろう。
しかし「日々」という妻のファイルの中には カンフル剤のようなものが
ぱーっと彼女に向かって 噴射される。このことに気付いて 喜んでいる。
で 「ツキがおちる」とかって言った夫の方は 足が痛いくせに 明るく元気だ。



 





《 2018.02.09 Fri  _  エッセー 》