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田村隆一

「狐の手袋」 田村隆一 新潮社 1995

       耳

  声

ぼくは母の胎盤から芽を出した
胎芽
ぼくは五十六日ほど
芽だったのだ

羊水のなかで栄養を補給してもらい
呼吸までさせてもらう
エラまでついていて メダカよりもっと小さな魚が
母胎の岩盤にすがりついている
流動食は母の血液
その血液の成分まで海水とおなじ

人類の遠いご先祖は魚である 羊水の
海のなかで泳いでいたそうだ その人類が
火山灰の陸地にはいあがったのが運のつき
戦争ごっこや大量殺戮 あげくのはては
大きな魚や小さな魚が集って国際会議

ぼくの芽は
どんな色をしていたのかしら
人種は遺伝子の複合汚染 きっと黄色にきまっている
そう云ったら美女の産婦人科医に笑われてしまった
わたしにだって娘がいますけど
淡紅色くらいにしておいてくださいよ

裏山の雑木林に芽がふき出して
木々の線がもやってきた
胎芽から人の形になってくるのは
二百余日の「時」を待たなければならない
岩盤から解放されて へその緒というパイプをくくりつけて
羊水のなかでダイバーになって遊ぶ
こんな愉快なことはない
労働は神聖だなんて あの世の戯言さ
母の胎内こそ ぼくの
この世

いつのまにかエラは消えて跡形もない
小さな肺 心臓 小さな頭
この頭のなかの夢はさすがにおぼえていない

夢を忘れることは健康のあかし
いつまでも忘れられない夢なんて
夢の名に価しない

まさか羊水の楽園から
自分で飛び出すわけはない あの世に
ひきずり出されたにきまっている

産ぶ声
あれは空気をはじめて吸った驚きの声か
歓びの声か

悲鳴にきまっている

***

本箱の中からね 詩集を そっと引っ張り出してきましてン
これは 年の功かな 詩も じっくり読めるやん
そういうふうなんです

どうしてなのかわかりませんけど

この田村隆一の 耳 「声」
言葉 ってこんなに 
ここで 言葉が出て来ないのですが 正直なことです

もう一回 かみしめながら読んでみます


《 2017.12.26 Tue  _   》