「ピカソとその周辺」フエルナンド・オリヴィエ著 佐藤義詮訳
現在 つづき
その他の連中は、ヴァン・ドンゲンのように俗化した。彼らの才能によってのみ獲得すべきだった人気というものを保持するためには、彼らは人目に立ち、あらゆる祭に顔を出し、あらゆるコンクールに関係することが必要なのだ。
あるものたちは、ピカソのように、弱気と虚栄心から彼らとは常に縁のない社会から独占された。彼らは、友人の家に食事をしにいくのに略式カラーをつける必要がなかった往時を懐かしがっている。
当然与えられるべき地位が得られないと思って、口惜しさのあまり老けこんだ者がイルカと思えば、成功したために親切になり、愛嬌が良くなった者もあり、また慇懃に挨拶する者もいる。
彼らはみんな自家用車を持っている。彼らの現在の細君たちは毛皮の外套を持っている。みんなは必要品は手に入れたが、そのためにいつも火の車に追いかけられていなければならない。
彼らは精神の孤独を、本当のものを覚えているので、仕事することに昔のような喜びを感じない。
しかし、彼らの青春時代の楽しいとき、苦しいときの伴侶だったが、現在では忠実だった愛人への思い出だけを胸に秘めて、ただ独り年老いていく芸術家の女友だちがいることを、私は知っている。
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「しかし、彼らの青春時代の楽しいとき、苦しいときの伴侶だったが、現在では忠実だった愛人への思い出だけを胸に秘めて、ただ独り年老いていく芸術家の女友だちがいることを、私は知っている」
ここでこの本は終わっています。フエルナンド・オリヴィエ、この終わりのところは まさに彼女自身のことじゃないでしょうか。
若い青春時代にしか味わえなかったこと 人生は一度きり 彼女は私たちに 若きピカソを見せてくれましたし 周りの人たちを 本当に生き生きと書き残してくれましたね。
1900年からこの本の終わる1914年のパリ画壇はすばらしかったと訳者はあとがきに書いています。私はこの翻訳者のお孫さんに当る人にこの本をいただきました。(この男性は夫セイがひょんなことから知り合ったんですが) 作曲をされる方です。
私がピカソの話をしたのか 今はよく覚えていないんですが。
この本を読んだのは 2度目だと思いますが 本当に この本を楽しみながら 読ませてもらいました。 ここに出てくる画家や画商たちは 有名になり ピカソなど 世界中の人が知る芸術家であり 亡くなった後もありつづけていますね。
しかし このピカソとオリヴィエの時代はすばらしいじゃないですか 温かくて。
フエルナンド・オリヴィエの観察眼も また とびきりですね。