「トットちゃんとトットちゃんたち」黒柳徹子 1997 講談社
タンザニア・1984年 つづきです。
いよいよ帰らなくちゃならない時間になりました。
もう、夕暮れになっていました。建物の外に出て、私はベネディクタをひきはがすように、膝からおろして、道にしゃがんでいいました。
「私、帰らなくちゃならないのよ」
突然、ベネディクタは、私の顔に正面から自分の顔をベチャとくっつけました。そして小さな両手で、私の頭を押さえました。
私たちは人とは離れたくないとき、抱き合ったり、頬と頬をくっつけあったり、大人は唇に触れたりします。でも、ベネディクタはそんなことを知りませんから、顔を真正面から私の顔にべったりと押しつけ、いつまでもいつまでも、黙って、そのままの格好でいました。二歳半の女の子の、ありったけの力で私の頭を押さえているのです。
私は、ベネディクタの力で息ができないくらいでした。
(誰にもなつかなかった子が、こんなに私と離れたがらない。きっと、いままで、一人で耐えていたんだわ。どんなに寂しかったんだろう。抱いてもらいたかったでしょうに)
二歳半といったら、ふつうだと、まだ、赤ちゃんから、ちょっと大きくなったくらいです。こんなに小さいのに....と思ったら、突然、涙が出たのです。やっと離したとき、ベネディクタのほっぺたに、私の涙がついていました。私の顔にもベネディクタの洟や涙がついていました。
離れてみると、ベネディクタは、とても小さい子でした。
院長さんのシスターが彼女を抱いて「バイバイ」といいました。
私は立ち上がりました。
できるものなら彼女を連れて帰りたい気持ちでした。彼女が、本当に愛してくれる人を待っていたのだ、と、はっきりわかったからです。
***
「二歳半の女の子か」 私は自分のいたらない子育てを 思い出しました。
子供は正直ですから じぶんのことを心底愛してくれている人のことを わかっているのでしょう。そしてそれが足りなかった分だけ もっとつよい愛情を知りたがっていたのかもしれませんね。
ベネディクタと徹子さんのこの短い時間の出会い それは いつもそばにいるシスターはそれで かけがいのない人ではあるでしょうけれども でもその時の彼女にとって 大切な出会いだったんでしょうね。自ら徹子さんの所に飛び込んで行った勇気も自信になるのかもしれません。
こういう話は われわれにもなにか 気づかさせてくれること があるんじゃないでしょうか。